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カテゴリ:音楽のこと( 85 )

ビーツパラダイス・ライヴ・アット・アトリエ・ベラーノ

楽しかった!!!


























by kento_ogiwara | 2019-03-27 22:09 | 音楽のこと | Comments(0)

この街

この世界の片隅から
東京のある
日本のある
この世界を愛する全ての人へ

         こうの史代

From a corner of this world
To those who love
A world
With Japan
With Tokyo




この街


Tokyoで生きるということは
冴えない日常を生きること
ただ日々働いて生きること
家族や友人たちの中に埋もれて生きること
生きづらい世間を生きること
何よりも冴えないのは自分であることに気付かされて生きること


それは悲しいこと
もう会えないということ
ここから離れられないということ
もうどこにも行けないということ


愛された記憶を慈しみ
人を愛すること
それは我が身をかえりみず骨を折ること
生かされていることを知ること
明日死を迎えるかも知れない今日という日を生きていること
決して人は独りで生きているのではないこと
長い旅路の後で再びあなたに会えたこの日々がかけがえのないこと


嵐の夜も
熱い日差しが照りつける夏も
深い雪に覆われる冬も
火山灰が降り続く日々も
川が溢れる日も
大地震の日も
大津波にのまれる日も
放射能が降り注ぐ日も


それはどこでも同じこと
Tokyo, Hiroshima, Ishinomaki, Jakarta, Islamabad, Paris, Haarlem, San Jose and Salvador,
私はこの街で生きていく
私たちはここで生きていく


29th October, 2018



by kento_ogiwara | 2019-03-24 22:44 | 音楽のこと | Comments(0)

節分リズムセクション

去年の秋に、宇田さんというクレイジーでビューティフルなドラマーに出会った。
今年に入り、彼が新しく結成したリズムセクションに呼んでもらって、その初顔合わせが先日の節分、2月3日にあった。
いま勉強中で、ここはくらいついていきたいところ。
なんか最近いろんなことが同時に始まって、投稿も頻繁なわけだが、やはりコレも、少なくとも私にとっては見逃せないこと、

備忘録としてメモ書き、
コレを意識しながら練習しゅる、

曰く、

“シンプルにきちんと8分を弾け、オレはどんな8分を弾くかを聴いてその人を判断するし、どんな8分を弾くかはその演奏者の名刺のようなもの、”
“3連譜ばかりやっているが、ストレッチしたり、膨らんだり、詰め込んだりしてるけど、結局弾けてない。”
“それよりキチンと8分を弾いてみろ、”

しかし、これ、4拍子の80位のスウィングで、私はそのテンポが好きで、この時は、“Making Whoopie”をやっていたのだが、このテンポで8分かあ・・・、と思って、
“それって難しくないですか?”
と言ったら、
“そうだよ、難しいんだよ、”
と笑っていた、

あと、イントロとエンディングを責任を持ってやらないといけない状況が見えてきた、12keyで。
私が、
“オレの自信なさからくる曖昧さがこのバンドのネックですかね?”
と言ったら、
“それは音楽の話ではない。観念の話だし、わからないことは言えない。”
と釘を刺され、
“オマエがいちばん年下だから遠慮するとかはなしにして欲しい。エンディングなど自分が引っ張らなければならないときは自分がリーダーだと思って確信を持ってやってもらいたい。今日はそこんとこ迷いみたいのがあったからドラムスやベースが方向性を示さなければならなかったけど、そういうふうにみんなが確信を持てないままやっているといい演奏にならないし、それが聴き手にも伝わってしまう。”
と言われた。

やはり、自分が、
「こうだ!」
と思って確信してやらないと、共演者はわからない。
やっぱり、「伝えること」「伝わること」が重要だし、そのために共演者の音を「聴く」ことが大切だということを再確認させてもらった。

実際自分が、
「こうだ!」
ないし、音楽に入り込んでやったときは、
「今位主張してくれればオレでもギリわかる」
と言っていた。

“ジャズである以前にジャムであれ”

が彼が自分に銘じていることらしく、それは共演者と一緒にいること、そこでしかない今という時間を共有していること、だからそこでしか起こり得ない音楽をやること、そのためにやはりいちばん大切なのは、「聴く」こと、
そうすればジャムになれる、そしてそうすることがいつかジャズになる、
と言っていた。

あとやはりその後で練習してて思ったのは、音を出すときはスピリットを込めて、ということ。
スピリットの込もっていない音は決して出してはいけないし、スピリットを込めた音しか出してはいけない。
内容とタイムと、万が一どちらかを選ばなければいけない時は、躊躇なくタイムを選ぶべき、リズムを点でとらえること。
宇田さんも初めて会った時に、
“ビリー・ホリデーやルイ・アームストロングはリズムを線ではなく点でとらえている、リズムを点でとらえることが大事”
と言っていた。
“ここしかない!”
というタイムを逃さず、下手すりゃ内容も関係なくとにかくリズムを打ち出すこと、確信をもって、主張して、リーダーシップをとることを忘れず。
それが人と一緒にやる、ということ、リズムセクションをやる、ということ。
毎日の練習で、テキトーにスピリットを込めないまま弾いていると、それがいざという時に出てしまうということもあると思うし。
常日頃から音にスピリットを込めて弾くようにしてないと、もちろんそれが本番でできるはずもないだろうし。

そこいらを意識しながら練習かな、
動画はけっこう貴重な時間だったと思うし、あまりこういう機会もあるわけではないと思うので、
終わってつくづく思ったけど、ビデオ回しておいてよかったよ、
こんなにたくさんの宿題はとてもじゃないけれど覚えきれないし、

どうなることやら、

Footprints



How About You ?



Shiny Stockings



Day Dream



Up Jumped Spring



I Cover The Waterfront



I'll Remember April



カミサンがこの記事を見て、
具体的でわかりやすい、宇田さんのどこがクレイジーなのかわからない、むしろ懇切丁寧、教えるのがうまい、
てなことを言うので、そう言われてみればそりゃそうだ、と思ったので、宇田さんのどこがクレイジーなのか補足すると、

・カウントがおかしい、
あ、ワーン、トゥー、ワントゥスリーフォー、
ではなく、
あ、ワーン、トゥー、You Know What To Do !
と言ってはいるところ、
・ケータイへのメールが午前3時とか4時とか、
・ビッグバンドを立ち上げたそうなのだが、譜面を作るのにインクジェットじゃおいつかないのでレーザープリンタを買ったそう、
理屈はわかるんだけど、その熱量が半端ないぞ、それ、やるか?と思ってついついクレイジーと表現してしまいました、
それぐらいで、まあ至って普通、年齢や性別や国籍など、全て不問で、いいと思ったものは分かち合う、いたってジェントルなドラマーです、






by kento_ogiwara | 2019-03-06 17:03 | 音楽のこと | Comments(0)

元岡さんに会ってきた!

自慢になってしまうのかも知れないが、この嬉しさは表に現さずにはいられない、
全然奥ゆかしくなれないんだけど

2013年1月14日、未曾有の大雪で山手線始め鉄道各社がことごとく止まり、大赤字を切った元岡一英門下生ライヴ@庚申塚Studio Four、あれから数えてみると6年(ってどんだけ寝てたんだオレ)、町田ニカズ小池純子セッションに参加して元岡師匠に会ってきました。
ブルースなどを楽しく弾いたあと、お話、

元  “なんかモンクっぽいテイストが出てきたね”
   “いろんなリズムが聴こえるよ”
オレ “ああ、元岡さんに習った3連符、ドオンドオントゥクトゥパッコンコをいつも意識して弾くようにはしてます”
元  “うん、聴こえるよ”
オレ “そうかあ、それは日頃の練習の成果が出てるってことかなあ
元  “ううんいいね、好きだなあ”



古の昔、“ロングバケーション”というトレンディドラマ(←死語)のなかで、稲森いずみが山口智子に、
“好き、っていう気持ちは変えられないんです、だからいちばんエライんです!”
と言っていましたが、おそらくこの言葉は、ホントに思ってる時とか、ないしそれを伝えたい時しか使わないことばだと思うのですが、、
それを言ってくれました。

もうテンションが尋常じゃなく上がってしまって、やべー、オレ向こう1年メシいらねー、とか思ってひとりヘラヘラしながらの帰り道でした。
なんか、こういう日があったか、、って感じ。

生きててよかったよ、とか思ってしまいました。

もちろん、元岡さん、
“続けてください”
と言ってたし、浮かれてるバヤイじゃないので、また普通に練習の日々なわけですが、、
それにみなさんご存知の通り私は平均的、ないしそれ以下のプレイヤーです。
ニカズセッションにしても当然全員私よりうまいです。
でもけっこう楽しいです。雰囲気もいいです。
なんかみんなストレートというか、、
オススメのスポットかも知れないです。
カミサンと二人で飲んでけっこうでかいピザ二枚食ってさらにチーズ8種盛り合わせも頼んで二人で6000円しか払わなかったです
安いと思います。

ともかくも私もこれを肥やしにまた地道に頑張ります。

練習するぞー!








by kento_ogiwara | 2019-02-02 15:08 | 音楽のこと | Comments(0)

明けましておめでとうございます!
























by kento_ogiwara | 2019-01-08 01:57 | 音楽のこと | Comments(0)

Merry Christmas !




















by kento_ogiwara | 2018-12-24 11:43 | 音楽のこと | Comments(0)

ケニー・カークランド

自由とはこういうことだ、

Branford Marsalis - tenor sax, soprano sax
Kenny Kirkland - piano
Delbert Felix - bass
Lewis Nash - drums 



Yes and No 

お馴染み、ショーターの大定番、
コレがベストテイクか、
CDが欲しかったら“Random Abstract”で、



Giant Steps

お馴染み、コルトレーンによるジャズで1番難しい曲、コレはもはやギャグ、というか人を食っているというか、まじめにやれよ、というか、でもその不真面目さがブランフォードの魅力か、少なくとも人がこの曲をやるときはもっと一生懸命になると思うが、こいつら余裕が半端ないから、こうなるか、



I Thought About You

カークランドの自由さ、天衣無縫さが・・・、
テーマの裏なのに好き放題やってブランフォードが目を回しながら吹いてるとことかいい、
セオリー無視、
もっともブランフォードも倍返しでやり返しているが、
ホント、仲いいよな、この2人、
自由にやっていいんだな、
楽しければいいんだな、
とカークランドは教えてくれてるのかな、
リズムの軽やかさ、多彩さ、バリエーションの豊富さ、曲を演奏するうえでの心もちのゆとり、自由度なんかは少なくとも80年代以降のジャズ・ピアニストでは別次元か、



Oleo

笑った、
コレも、
ソニー・ロリンズの定番、
ルイス・ナッシュのドラムスがまた気が利いてる、というか、オシャレというか、



コレはカークランドではないのだが、
最近、ハーグローブが亡くなって、みんな彼の演奏をシェアしてて恥ずかしながらその時初めてこのテイクを観たのだけれど、感動して、それから一か月位毎朝起きるとコレをみてから出動していた。
ハーグローブ自身も、ピアノのジェラルド・クレイトンもみんな素晴らしいのだが、特に好きなのは、ドラマー、名前も知らないけれど、
音がデカ過ぎ、もうソロイストの音をかき消してしまっている、
いわゆるKYプレイ、
途中、楽しくて体が動いて、動き過ぎてしまって肝心の手が止まってリズムを刻めなくなってるところとか本末転倒さがすさまじい、
コレに似ている人を知っている、
大学のジャズ研の先輩だった水野さん、というドラマーなのだが、
“オマエ、とりあえず死ね、誰も悲しまないから、”
など口は悪い人だったが、とりあえずいつも一緒にいてくれた、
そして私がジャズ研の中で先陣切って結婚した時は、結婚式の乾杯の音頭の後でまっさきに私のところに来て激励してくれた、
あの人も音がデカくてよくひんしゅくを買っていた、
自分でも言っていたが、キレ癖があったみたいで、
それと似た人にまた最近出会った、
宇田さんというやはりドラムスの大先輩のミュージシャンのもとで今いろいろ勉強しているところなのだが、
彼が私のピアノについて、
“尖っている、”
“オレがベース・ソロの時に、必死に「しーっ!」とやってるのに気がつかないんだもんな、”
と嬉しそうに言っていた、
私もどちらかというと空気が読めないKYプレイヤー、
いや、空気なぞ読んでたまるか、
まとめてなどたまるか、
ミスなど恐れてたまるか、
現にここでハーグローブがメンバーに好き放題させることで演奏は大成功、もはや楽興の時ではないか、
自分のソロが終わるとステージ袖に下がってしまう誰かさんと違って各メンバーのソロの時もみんなと一緒になって気持ちよさそうにリズムに身を委ねているハーグローブがなにやらカッコよく見えてくる、不細工だと思っていたハーグローブのルックスまでイケメンに見えてきてしまうから不思議だ、
バンドリーダーとして後世の人は参考にしていいのではないか、と思う、



2 down & 1 across

Kenny Garrett,alto sax
Kenny Kirkland,piano
Nat Reeves,bass
Jeff "Tain" Watts,drums

再びカークランド、
これはギャレットのもとで、
97年ごろみんな聴いてたアレ、
ギャレットの“Songbook”、
思えばコレが出てからまもなくカークランド逝っちまったんだよな、
当時は事の重大さに気がつかなかったけど、もう少し早くジャズを聴くようになっていたら、生きている彼の姿をみることができたのかもしれないな、



ギャレットのペンによる、
Before It' Time To Say Goodbye
ビデオの質が悪くて、観るためには曲が始まる8:18くらいまで早送りしてから観てもらわなきゃいけないんだけど、

信じられないくらい美しい、
恥ずかしながら、“Songbook”、買って持ってたんだけど、いつも前半だけ聴いてあとはCD止めてたんだけど、アルバムの最後にこんなに素晴らしい曲があることを20年以上経って初めて知った、
カークランドのピアノ、何も足したくないし、何も引きたくもない、
凄い綺麗・・・
ギャレットも珍しくテーマとアウトロ吹くだけでソロもとらない、
まあそうだろうな、
そういう曲だよ、
危なかったよ、
知らないで終わるところだった、



Sing a Song of Song

ギャレットがこうやってお客さんと一緒になってやるのってなんか意外だったんだけど、
凄くいい、
お客さんのリズム感がまた良い、
タイトルから言ってもギャレットにとってはこれは、歌、“Song” なのかな?
よくわかんないけど、
歌って欲しかったのかな、
でもとてもいいコレボレーションだと思う、
お客さんとギャレットの掛け合いから、ジェフ・ワッツが叩き始め、ナット・リーヴスのベースが、“グン!” と入ってくるところとかビューティフルで鳥肌モノだ、
この曲、正直あんままわりのジャズミュージシャンの間で人気がなくて、それは別にいいんだけど、その影響を受けて私も疑問符を持っていたのだけれど、コレで考えをただした、
阿佐ヶ谷マンハッタンの先輩ジャズマンたちのあいだでもギャレットはソロが長いし、くどいし、熱苦しいし、あんまりカッコイイ存在として話されてなかったけれど、
カッコイイわ、
というか美しくて、そして凄くオシャレ、



Wayne's Thang

なんと途中でちょっとビデオが切れてしまうのですが、コレも凄くいいです、
カークランドは、もともとハービー・ハンコックが好きだった、と自分で言っていますが、ホント、完全に青は藍より出でて藍より青し、というか、
全てにおいてハンコックを完全に、それも圧倒的に凌駕していますな、
まあハンコックはそもそもピアノ一本で云々というよりアイデア力や、プロデュース力みたいなところを見せることが多いので当てはまらないかも知れませんが、
まあ、ハンコックがIQの高い、よく考えられたピアノを弾く人だし、実際、ライヴでもちょっと考えて弾くのが特徴だし、そんなハンコックが好きという人もたくさんいますが、まあ、カークランドはそこんとこ行くと、考えてない、ですね、
なんかむしろ、溢れてきてしまう感じ、
考えないから、
直接的、
そのままのむき出しの姿があらわになってる感じ、
生き生きとしていて楽しそう、
ハンコックがけっこう仕事によってはイモなこともしてしまうのに対し、カークランドはカッコイイことしかしない、まあ何をやらせてもカッコよくなるのがカークランドなのかも知れないが、

最後までこの戯言に付き合ってくれた読者へのプレゼントはウィントンの“Live at the house of tribes”



しかしピアノがアップライトって・・・
CDで聴いててすげーヘヴィーな音してたからまさかアップライトの音とは思わなかったよ・・・
しかし、ウィントン・マルサリスだよ?
アップライトでやるか?
ともかくもいい雰囲気、
ウィントンも珍しくとてもリラックスして楽しむことに専念してる、
ジャズのオイシイところ満載、
楽しいね~、













 


by kento_ogiwara | 2018-12-06 23:14 | 音楽のこと | Comments(0)

みんなへ

伝えておかなければいけないことがあります。
ブログのタイトルもリニューアルしたし、ホントは先にこのことを書いて置かなければならなかったかも知れないし、家族を心配させ、大切な友人たちにも礼を失したかも知れないので、改めて。

知っている人も知らない人もいると思うので書いておきます。
長く病気でした。だいぶ落ち着いてきて、再びピアノが楽しくなってきているところです。
夏くらい、ワールドカップで日本がコロンビアに勝った日辺りからからぐんぐん調子が戻ってきて、8月の妻やごく親しい友人のみと開催してギターを弾いた“ひよこ音楽会vol.Ⅱ”を経て、さらにジャズ研の後輩たちと出演した10月の横浜ジャズプロムナードあたりが起爆剤になったのか、最近はいろいろジャズの音楽がアタマの中でグルグル鳴り続けているような感じで、毎日メトロノームつけて練習したり、ジャムセッションに出掛け始めたりしています。
5年ぶりくらいに新しい曲も書き、それもバンドで演奏するのが楽しみなこの頃です。

こういう日々がまた来るとは、一時は全く想像することもできないでいました。
このまま病み続け、ただ辛いだけの人生の黄昏を生きるのだと思っていました。
それがどういう訳だかここに帰ってこれました。

この間、家族や友人たちに多大な迷惑もかけたし、心配もかけた。いろんな人たちに助けられてここまで来ました。
私は決して独りで病気を克服したのではないです。
私のために一番骨を折ってくれた妻。家族や友人たち、この間友達でい続けてくれた友人たち。ヘロヘロの私をライヴやセッションに誘って一緒に演奏してくれた後輩たち、一緒に音楽の場に居させてくれた古い友人たち、見守ってくれてた人たち、気にかけてくれてた人たち、声をかけてくれた人たち。

もちろん、この間、残念ながら貴重な友人たちを失ってしまったのも事実です。
できることならまたやり直したい、とも思う反面、今やみんな自分の持ち場で精一杯、それぞれの道を歩んでいることも分かっているので、それを尊重して、私も自分の持ち場で精一杯に役割を果たすことがお礼になると考えています。
でもやっぱり迷惑をかけてしまった友人たちにはこの場を借りて謝りたいと思います。
今は離れた場所から、みんなのことを応援してます。

再びジャズ・ピアノが楽しくなって、まるで第二の青春が訪れたように感じていますが、それに先立って、支えてくれたみんなに対する感謝の気持ちを伝えたいです。妻や家族、友人たちの力があって初めてまたピアノが弾けていることを肝に銘じています。
最近になってようやく、私を取り巻いていた(大層な言葉ですが)本当の愛みたいなものの存在を知ることができたように思います。私はそれを今度は、今度こそは絶対につかんで離さないし、それを私はこれからは全力をもって守り抜きたいと思っています。
私はずっと自分が愛されることを考える人間でした。それでいて人を愛して生活している人たちに憧れていました。
人は自分の人生を終える時、2つに分かれると聴きました。
人に愛されたことを思う人生と、人を愛したことを思う人生。
私は最後に自分は人を愛した、と思えるようになりたいです。
そして私はようやく人を愛する人生を送る腹積もりが、準備が整ったように思います。

私にとってジャズ・ピアノとは、妻や家族、友人たちあってのものです。
だから彼らのことを大切に思って弾いていきたいし、彼らのためには場合によってはピアノを弾かないことも覚悟しています。
私にとってジャズ・ピアノより大切なものがあると感じています。
だからこのブログのタイトルにあるように私にとってはジャズ・ピアノはヘタの横好きです。
そしてジャズ・ピアノを辛くならない範囲で、疲れ過ぎない程度に、楽しい部分だけで付き合っていけたら、と思っています。
ジャズの悲哀に満ちた歴史も、かつて師事していた元岡一英さんの言葉でいう宿命を、私は請け負わないつもりです。まあもっとも私にはプロとしてやっている人たちのような練習量も技量も精神力もないのでそもそもそんなこと考えるまでもなく当たり前のこと、請け負わない、というより請け負いたくても請け負えない、というのが真実ですが。
ともかく彼らと私は本質的に別の道を生きていますし、私はそんな彼らをリスペクトしています。
だから自分は単なるヘタの横好きです。
ギター小僧だった少年時代、ジミヘンやレイ・ヴォーンみたいに弾きたくて手当たり次第にブルースを聴き漁っては弾いていたように、今はバドやモンクみたいなバップの空気を身にまといたくて彼らの曲を弾いたり、コピーしたり、エリス・マルサリスやサイラス・チェスナットを研究してピアノを弾いているだけで、たぶんギター小僧だったあの頃と自分は何にも変わってないし、それが私の音楽への接し方なのかな、と思ってます。

もちろん1000枚位あるジャズのCDコレクションも、それ以前に聴いていたロックやブルース、ポップスなどのやっぱり1000枚くらいあるCDも、元岡さんも、ジャズ研の先輩や仲間たちも、その後の音楽人生で出会った人々も共演者たちも地元のミュージシャンたちも、みんな私の中で生きています。音楽は人から人へ受け継ぐものだし誰と出会ったかでその人の音楽は9割以上は決まるものだと思います。その点では自分はすぐれて恵まれた出会いをしてきたと思っています。それを受け継いできたことは私の財産であり、宝物であり、尊いものです。自分の中での音楽への優先度は下がったとはいえ、そのきらめきは変わらないと思うし、これからも大切にしていきたいです。

もちろん、綺麗ごとです。
これから、こういう風に言葉やら音楽やら、優しいだけの気遣いやらで生きて行こうとは思っていません。
でもまずは焦らず、目の前の事を真摯に、あくまでガチで、大切に、一歩ずつ取り組んでいけたら、と思っています。
ジャズ・ピアノも、あくまで仕事や家族のこと、その他諸々あって、その中で与えられた時間にいかに集中してやるか、というスタンスで暫くはやって行こうかと思っています。

最後にまた下らないことを蛇足してこの感謝のメッセージを終えたいと思います。
この前の横浜ジャズプロムナードでの動画をこのブログにも貼りましたが、その中の“Everytime We Say Goodbye/ Now's The Time” の最後でテナー・サックスの牧田くんに煽られてイレギュラーでスポンテイニアスなアウト・ノートを連発しロスト、面白かったけどほうほうの体でエンディングにはやっと間に合い、なんとかみんなで演奏を終えました。フェイスブックにもその動画をアップしたのですが、その際、
“冒険に出て、自分を見失う、人生のように”
というセルフライナーノーツをつけました。
ギャグだったのですが、あんまりかんばしい反応はなく。
本当は誰かが突っ込んでくれたら、人生繋がりでこう続けようと思っていました。
“自分を見失っても、友人の力でもとに戻ってこれたのも、人生のよう”
あまりに陳腐だし、また余計な駄文を弄している、と思われるので書かなかったのですが、ここに記しておきます。
感謝の気持ちを込めて。

最後に今の私を後押ししてくれる曲を添えておきます。
大好きなジャズ歌手でアメイジングで最高のピアニストでもあるNina Simoneの“Just In Time”なのですが、この曲、インストで何度かやったことはあるものの、歌を聴くのはこれが初めてで、歌詞についても最近知りました。
Nina35歳、旅立ちの歌です。






























by kento_ogiwara | 2018-11-08 00:38 | 音楽のこと | Comments(0)

横浜ジャズプロムナード!

楽しかった!!!

















バンド名; ビーツパラダイス

Tenor Sax    牧田一隆
Piano     荻原健登 
Wood Bass   山田浩貴
Drums     荒井尚彦

2018年10月7日
横浜ランドマークプラザ
サカタのタネ ガーデンスクエアにて録音






by kento_ogiwara | 2018-10-11 00:18 | 音楽のこと | Comments(0)

ひよこ音楽会 vol.2

先月やったミニライヴの様子をアップします。
やっぱり友人や家族たちに囲まれてリラックスして酒飲みながら演奏する、ってのは気持ちいいもんです。
後日、フルートを吹いてくれたカミサンが店に寄ったときに、店主のMomokoさんが私のギターを“音がキレイ”とやたら褒めてくれたそうで、一番嬉しい言葉を聴けて良かったのと、図らずもいい音になっているのならこれからも安心して音が出せる、と思いました。
みなさん、ありがとう。













by kento_ogiwara | 2018-09-16 13:40 | 音楽のこと | Comments(0)