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毎年のようにある新年の挙動不審

昨日、というか今日の深夜から今朝まで阿佐ヶ谷マンハッタンのミッドナイト・セッション。
セッション自体は低調で私もうまくいかなく、弾いていても楽しくなく、何かしっくり来ないまま終わった。師匠のモトオカさんは終わってから眠くなっちゃった、と言ってヘッドギアつけてチャリンコで帰り、
私はどうせセッションは終わったし、せっかくの土曜日の夜だし(実際は日曜の朝だが)、ま、飲みますか、ってことでマスターがいつも用意してくれるおつまみで(昨日は鴨肉出してくれた!ありがとう、マスター!)、ビール瓶を3本ほど。
ドラムのナカヤさんが酔っ払ってきて楽しくなってきてて、マスターの見せるDVDやCDをバックにシェイカーを振りまくっている。
“よ~し、次は4拍目だけ16分音譜!”といって実際にそう振るとそれは見事な4拍目だけ16分音譜、私が、
“おー、ホントに16分なってる。”
と言うと、
“あたりめえだ、オレを誰だと思ってるんだ!!!”
とノリノリ。私が調子に乗って、
“じゃあこの4拍子から3拍子に行ってください!”
と頼むとそれも見事に。
なんとなく私も興に乗ってきてシェイカーを持ち、みんなも加わってパーカッション大会。
私が4拍子のところで2拍3連を振ったりすると、ナカヤさんも乗っけてきて、ヨシ、このまま3拍子だぁ~!と4拍子の音楽をバックに3拍子合戦。そして同じところでリリースして(元に戻る)、
“YEAH!”
と声を揃える。
そんな感じで昨日は(今朝は)、セッションより、セッションが終わってからの酒飲みながらのパーカッション大会が楽しかった。
いや良かった、楽しめて。
コレだよ、って感じ。
サイコーだね。
最近ピアノやジャム・セッションが全く楽しくなくなってて、昨日にしたってセッションは全く楽しくなかったんだ。それでありがちな性格な私は考えるんだ。やっぱりオレはこの人たちのようにはなれないな、とか、ロックエイジの申し子で元ギター小僧であるオレにはここのナチュラル・ボーン・ジャズマンみたいには根本からなれないんだよ、とか、オレは本当はジャズが好きじゃないんじゃないか(じゃあうちにあるあの500枚くらいのジャズCDのコレクションは何?)、とか、ピアノ辞めようかな、とか。
でセッションは終わってどうでもよくなって酒飲んでパーカッションを振って、
“YEAH!”
だ。この“YEAH!”があるから人は人がいるところで演奏したり、人と合奏したりするんだろうな。だって実際楽しかったもんな、オレも。


新年明けてから、私は、“今年は部屋でメトロノーム相手に一人で弾いてばかりいないで、どんどん人前で弾いていこう。”と思った。それだけなら良かったのだか、悪いことにそこには下心があった。
それは、プロになる、というかピアノ弾いて金をもらいたい、と思ったことだ。
というのも去年最後のレッスンでモトオカ師匠に、“来年にはソロ・ピアニストとしてプロ・デビューできますね。”と言われたことを変に意識してしまったこと。
さらにタイミングが悪いことに仕事(福祉の方)で、民主党になってすぐ位に福祉職の待遇改善改善として施行された手当によりここ数年給料にプラス1万円位上乗せされてたのだが、これが今年の5月あたり分の給料をもって撤廃、ってなことを上司に言われた。オイオイ、4月から正式に5年目、福祉職のわりにはわりと長いこと頑張ってきたな、と思ってきたらそこにあるのは給料減額ってきたもんだ。
オレは金が欲しくなった。
そこに微妙に絡み合って、ピアノ弾いて金が貰えたら、と思って、過剰ともいえるほどのセッション・サーキットだったこの一ヶ月だったわけだ。

疲れたな。
まあ、いろんなことを言われたり、いろんな失敗をしたり、いろんな褒められ方をしたりしたけど、、、まあ色々書く前にこの間でズバリわかった最近のジャムセッション小屋の現状についてさらっと書いておくと、、、

今、セッション小屋はさながらカラオケ小屋だ。いきなりボーカルの方々には失礼な書き方をしてしまいましたが、とにかくボーカルの方が多い。楽器の人が異様に少ない。数年前では考えられないような少なさだ。ホーンの人が1人でも入れば御の字という位。ピアノも少ない。ピアニストがたくさんいてなかなか順番が回ってこなくてイライラした昔が懐かしい。
だいたいどこのジャムセッション小屋もまずホストバンドと言って、要するにプロの巧い人たちが各楽器1人いて、それ以外の楽器の人も入れ代わり立ち代わりでその場で曲を決めてセッションしていくのですが、最近はその巧いプロのホスト・ピアニストの伴奏で歌を歌いたい、というボーカルの方々が大挙して詰め掛けている、という感じです。ボーカルの方々も気持ち良く歌いたいので、そのためにもホストのピアニストだと安心で気持ちいい、またその逆でホストではないアマチュアのピアニストのバックでは歌いたくない、というふうになっております。小屋の進行やる人もそこらへんは考えて、ボーカルの時はできるだけホストのピアニストをあてがうようにしていることが多いです。
あんまりインスト(楽器のみ)のセッションは低調ですね。あんまりやってない。

少し前にそんな現状を感じてFBの方に書いたのが、下記、

この1週間で4回もジャムセッションに行った。
湯島カスター、国立ハーバーライト、高田馬場ゲートワン、もう一​回湯島カスター。時代は変わるのか、今セッション小屋はさながら​カラオケ小屋みたくなってて、客がボーカルばっかりで、ゲートワ​ンなんて11人ボーカルが来てびびった。当然歌の伴奏をさせられ​ることが多かったが、これが非常に難しい。モトオカ師匠と昨日レ​ッスンでそのこと話すと、モトオカさんもやや辟易としているよう​で、楽器の人に対するそれなりの配慮もなくただ上手いホストバン​ド・ホストピアニストをバックに歌いたいだけならカラオケ行けよ​、て話だよな、とまで言っていた。それなら“ornithology”(チャーリー・パーカーによる速いパッセージの曲。)でも歌ってみろ、とも言っていたな。
んでそれでもそういうセッション小屋に行く価値はあるか、と訊い​たところ、ない、と。そりゃ無茶苦茶上手くなりたいとか、どうし​ても歌バンが好きでやりたいんだ!とかなら行けばいいけど、と言​っていた。まあ、安心しました。ピアニストはそういう何でも歌の​人の要望に応えられる職人でなければならないのか、少し迷っても​やもやしていたので。歌の人の中には、たまに譜面も用意せず伴奏​頼んできたり、間違いだらけの譜面を渡してきたり、無茶な人が多​い中、対応していかなければいけないから本当難しいんだよな。ま​あやらなくていい、と言われて安心、腑にも落ちました。マイペー​スが一番。

そんなこんなでそれでも一昨日の金曜も湯島カスターに行ったし、昨晩は最後の砦、マンハッタンだったわけだ。

この間、いろんな人にいろんなことを言われた。

カスターのママ;歌の伴奏できれば仕事ができるわよ。
フクダシゲオさん(pf);歌伴慣れてきたじゃ~ん、経験値だよ、経験値。
カスターのボーカルの客イワシタさん;D♭なんだから黒鍵弾いてりゃいいのよ。
                       ;楽器の人はボーカルを立てなきゃいけないの。ボーカルが指揮者。
                       ;イントロ弾いたら最後にわかるアレを弾いてよ。
                       ;ボーカルが仕事とってくるのよ。だから歌伴ができればピアノは仕事とれやす                   い。だから今みんなピアニストは歌の伴奏の練習してる。プロになりいい人は。
スズキナオカツさん(ds);オギワラくん、一応ここボーカルのジャムセッションだから。
ヤマザキさん(ba);セッションは発表会の場じゃない。そんなんだとっこっちも伴奏みたくなっちゃう。
         ;最近の20代、30代は元気ないねえ。ハチャメチャなヤツがいない、ってゆうか。
金ちゃん(pf);(ピアノ)好きなんでしょう~。続けて。
        ;考えない。考えて弾いたらダメ。
        ;もっと人とね~やるとね~、いいよ。
あっきちゃん(pf)とその連れ;(私が)プロにはなれる。プロになるかはあとは覚悟があるかだけのこと。

私も、無事伴奏を終えても“ありがとうございます。”の一言も握手もないような高慢なボーカルに接して怒ってばかりもいられない。ついつい自ら練習を重ねてアレンジして作り込んである程度のレベルの高さを保証したレパートリーを演奏したところで、共演者を軽視していたらそれこそマンハッタンのホスト・ベーシストのヤマザキさんの言うとおり、共演者たちはただの伴奏者になってしまうし、そこには対話もコミュニーケーションもない。そんなものセッションとは言えないし、生身の人間とぶつかり合うセッションという舞台を台無しにしている。
ついつい日頃の練習の成果を出したい、と思ってしまうけど、発表会になってはいけない。カスターのホスト・ピアニストで素晴らしいピアニストである金ちゃんも、私が、
“全然練習どおりにいかない。練習でできたことができない。”
というと、
“人とやるからねえ。まあ練習どおりにいかない、ってことがわかっただけでも今日の成果じゃない。私もそうなんだけど。”
と言っていた。
“楽しく弾きたいなあ~”
と言えば、
“なかなか楽しく弾けないよねえ。私もそうなんだけど。”
と金ちゃん。
因みに金ちゃん、と馴れ馴れしく書いていますが、おそらく60代はもちろん70歳にもいってるかもしれない大ベテランです。もうバッキバキです。
今朝はプロのジャズ・ピアニストのあっきちゃんと演奏する上での自由とはなんなのか、楽しく弾くこととはどういうことなのか、など話したけど、そんなこんなで結局、落としどころがない、という感じで結論に至らなかったな。ヤマザキさんの“発表会じゃない。”という痛烈なお言葉を受けて、“でもビル・エヴァンスはレコーディングやライヴの前には入念にどのように弾くか作り込んでいたんだよね。”とか、一方で“でも(マイルス・デイヴィスのアルバムでビル・エヴァンスがピアノの)“kind of blue”は初見でワン・テイクなんだよね。それでアレだからずるいよね。”、とか話した。またピアノという楽器が、自分一人で完結することもできてしまうことの危険性、及びリスキーながらその魅力についてなども。まあ普段から自己完結しちゃってるからヤマザキさんに言われたみたいに“発表会の場所じゃない。俺たちは伴奏者じゃない。”といわれてしまうんだけどね。あっきちゃんもいろいろ思うところがあったようだな。

なんとなく東京のジャズ小屋と私をめぐる空気が伝わったでしょうか。
歌、プロ、金、そこから来るピアノを弾いている時のなんかしっくりこなさ、楽しくなさ。
因みに録音にも慣れようと思ってどのセッションにもICレコーダーもって録音したけど、チェック程度にしか聞いてないし、とにかく凄くつまらない。て当たり前だけど。このICレコーダーのせいでつまらないのかな。それもあるかもな。まあチェックには役に立つけど。なんかICレコーダーが全て悪いような気もするんだが。

でも昨晩の最悪のセッションと最高のパーカッション大会の楽しさで思い出したんだ。
というか、気がついたんだな。
私、最近ピアノに対して完全に受け身になってる。プロでもないのに、他人に求められることをできるようになろうとする、そんなことばかりに目が行ってる。それで音楽本来の楽しさや、自分がやりたいことを完全に見失っている。うっかりプロ目指して就職活動的ボーカル伴奏の練習に走ってしまいかねないような茫然自失にいたんだな。

私はアマチュアだ。プロに付きまとう責任とは無縁のところでいくらでも自分の好きなように好きなことをやって、そのために頑張ればいいはずだ。そもそも音楽を通して、自分をどれだけ投影させることができるか、それこそが私の一貫したテーマではなかったか。
それを忘れかかっていた。
自分を強くもって激しく主張していかないと、それこそそうしないとヤマザキさんの言うような“ハチャメチャさ”など持ちようもない。シーンの現状や金に負けちゃダメだ。自分の音楽を追求しないと。もちろんそのための努力は惜しまないし、今までのモトオカさんのレッスンもそれに役に立ってきた。この路線は譲れない。
少し、目が覚めたよ。
変な方向に行ってた。

だからと言ってジャムセッションに行かないのか、ジャムセッションを嫌って離れてしまっていいのか、というとそれも違うような気もするし、昨日のあっきちゃんとの会話のようにこの話も落としどころはないのです。
ただ、自分の一番やりたいことをやる。そのための努力は惜しまない。そして自分が素直に投影できるような音楽世界にいれたら、と思います。もちろん歌伴なんだろうがなんだろうがピアノを通じて無我の境地に達してしまうような名人もいるだろう。だから尚更この話は難しくて断定不能で落としどころがないんだけど・・・。

とりあえずまずは自分の感性を信じて、自分がやりたいことを、自分がやりたいように、自分を表現できるようにやること。
それがたぶん一番楽しい。
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by kento_ogiwara | 2012-02-05 16:53 | 音楽のこと | Comments(0)
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