ケニー・カークランド

自由とはこういうことだ、

Branford Marsalis - tenor sax, soprano sax
Kenny Kirkland - piano
Delbert Felix - bass
Lewis Nash - drums 



Yes and No 

お馴染み、ショーターの大定番、
コレがベストテイクか、
CDが欲しかったら“Random Abstract”で、



Giant Steps

お馴染み、コルトレーンによるジャズで1番難しい曲、コレはもはやギャグ、というか人を食っているというか、まじめにやれよ、というか、でもその不真面目さがブランフォードの魅力か、少なくとも人がこの曲をやるときはもっと一生懸命になると思うが、こいつら余裕が半端ないから、こうなるか、



I Thought About You

カークランドの自由さ、天衣無縫さが・・・、
テーマの裏なのに好き放題やってブランフォードが目を回しながら吹いてるとことかいい、
セオリー無視、
自由にやっていいんだな、
楽しければいいんだな、
とカークランドは教えてくれてるのかな、
リズムの軽やかさ、多彩さ、バリエーションの豊富さ、曲を演奏するうえでの心もちのゆとり、自由度なんかは少なくとも80年代以降のジャズ・ピアニストでは別次元か、



Oleo

笑った、
コレも、
ソニー・ロリンズの定番、
ルイス・ナッシュのドラムスがまた気が利いてる、というか、オシャレというか、



コレはカークランドではないのだが、
最近、ハーグローブが亡くなって、みんな彼の演奏をシェアしてて恥ずかしながらその時初めてこのテイクを観たのだけれど、感動して、それから一か月位毎朝起きるとコレをみてから出動していた。
ハーグローブ自身も、ピアノのジェラルド・クレイトンもみんな素晴らしいのだが、特に好きなのは、ドラマー、名前も知らないけれど、
音がデカ過ぎ、もうソロイストの音をかき消してしまっている、
いわゆるKYプレイ、
途中、楽しくて体が動いて、動き過ぎてしまって肝心の手が止まってリズムを刻めなくなってるところとか本末転倒さがすさまじい、
コレに似ている人を知っている、
大学のジャズ研の先輩だった水野さん、というドラマーなのだが、
“オマエ、とりあえず死ね、誰も悲しまないから、”
など口は悪い人だったが、とりあえずいつも一緒にいてくれた、
そして私がジャズ研の中で先陣切って結婚した時は、結婚式の乾杯の音頭の後でまっさきに私のところに来て激励してくれた、
あの人も音がデカくてよくひんしゅくを買っていた、
自分でも言っていたが、キレ癖があったみたいで、
それと似た人にまた最近出会った、
宇田さんというやはりドラムスの大先輩のミュージシャンのもとで今いろいろ勉強しているところなのだが、
彼が私のピアノについて、
“尖っている、”
“オレがベース・ソロの時に、必死に「しーっ!」とやってるのに気がつかないんだもんな、”
と嬉しそうに言っていた、
私もどちらかというと空気が読めないKYプレイヤー、
いや、空気なぞ読んでたまるか、
まとめてなどたまるか、
ミスなど恐れてたまるか、
現にここでハーグローブがメンバーに好き放題させることで演奏は大成功、もはや楽興の時ではないか、
自分のソロが終わるとステージ袖に下がってしまう誰かさんと違って各メンバーのソロの時もみんなと一緒になって気持ちよさそうにリズムに身を委ねているハーグローブがなにやらカッコよく見えてくる、不細工だと思っていたハーグローブのルックスまでイケメンに見えてきてしまうから不思議だ、
バンドリーダーとして後世の人は参考にしていいのではないか、と思う、



2 down & 1 across

Kenny Garrett,alto sax
Kenny Kirkland,piano
Nat Reeves,bass
Jeff "Tain" Watts,drums

再びカークランド、
これはギャレットのもとで、
97年ごろみんな聴いてたアレ、
ギャレットの“Songbook”、
思えばコレが出てからまもなくカークランド逝っちまったんだよな、
当時は事の重大さに気がつかなかったけど、もう少し早くジャズを聴くようになっていたら、生きている彼の姿をみることができたのかもしれないな、



ギャレットのペンによる、
Before It' Time To Say Goodbye
ビデオの質が悪くて、観るためには曲が始まる8:18くらいまで早送りしてから観てもらわなきゃいけないんだけど、

信じられないくらい美しい、
恥ずかしながら、“Songbook”、買って持ってたんだけど、いつも前半だけ聴いてあとはCD止めてたんだけど、アルバムの最後にこんなに素晴らしい曲があることを20年以上経って初めて知った、
カークランドのピアノ、何も足したくないし、何も引きたくもない、
凄い綺麗・・・
ギャレットも珍しくテーマとアウトロ吹くだけでソロもとらない、
まあそうだろうな、
そういう曲だよ、
危なかったよ、
知らないで終わるところだった、



Sing a Song of Song

ギャレットがこうやってお客さんと一緒になってやるのってなんか意外だったんだけど、
凄くいい、
お客さんのリズム感がまた良い、
タイトルから言ってもギャレットにとってはこれは、歌、“Song” なのかな?
よくわかんないけど、
歌って欲しかったのかな、
でもとてもいいコレボレーションだと思う、
お客さんとギャレットの掛け合いから、ジェフ・ワッツが叩き始め、ナット・リーヴスのベースが、“グン!” と入ってくるところとかビューティフルで鳥肌モノだ、
この曲、正直あんままわりのジャズミュージシャンの間で人気がなくて、それは別にいいんだけど、その影響を受けて私も疑問符を持っていたのだけれど、コレで考えをただした、
阿佐ヶ谷マンハッタンの先輩ジャズマンたちのあいだでもギャレットはソロが長いし、くどいし、熱苦しいし、あんまりカッコイイ存在として話されてなかったけれど、
カッコイイわ、
というか美しくて、そして凄くオシャレ、



Wayne's Thang

なんと途中でちょっとビデオが切れてしまうのですが、コレも凄くいいです、
カークランドは、もともとハービー・ハンコックが好きだった、と自分で言っていますが、ホント、完全に青は藍より出でて藍より青し、というか、
全てにおいてハンコックを完全に、それも圧倒的に凌駕していますな、
まあハンコックはそもそもピアノ一本で云々というよりアイデア力や、プロデュース力みたいなところを見せることが多いので当てはまらないかも知れませんが、
まあ、ハンコックがIQの高い、よく考えられたピアノを弾く人だし、実際、ライヴでもちょっと考えて弾くのが特徴だし、そんなハンコックが好きという人もたくさんいますが、まあ、カークランドはそこんとこ行くと、考えてない、ですね、
なんかむしろ、溢れてきてしまう感じ、
考えないから、
直接的、
そのままのむき出しの姿があらわになってる感じ、
生き生きとしていて楽しそう、
ハンコックがけっこう仕事によってはイモなこともしてしまうのに対し、カークランドはカッコイイことしかしない、まあ何をやらせてもカッコよくなるのがカークランドなのかも知れないが、

最後までこの戯言に付き合ってくれた読者へのプレゼントはウィントンの“Live at the house of tribes”



しかしピアノがアップライトって・・・
CDで聴いててすげーヘヴィーな音してたからまさかアップライトの音とは思わなかったよ・・・
しかし、ウィントン・マルサリスだよ?
アップライトでやるか?
ともかくもいい雰囲気、
ウィントンも珍しくとてもリラックスして楽しむことに専念してる、
ジャズのオイシイところ満載、
楽しいね~、













 


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# by kento_ogiwara | 2018-12-06 23:14 | 音楽のこと | Comments(0)

東京都の鉄道の駅のバリアフリー情報を一括網羅したような冊子、本について

ここ最近、東京都内の交通のバリアフリー情報について調べていました。
母親から、友人で車いすの旦那さんを介護している方の話や、最近腰を骨折した友人がリハビリを始めていて差し当たっては車いす生活になることを聴いて、なにかできないかな、と思い。
いろいろ書いていたら長い文章になってしまいましたが、もしよかったら見てみてください。

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そもそもの発端は勤め先で『東京観光バリアフリー情報ガイド』というパンフレットを見つけて気になり取り寄せてみたことです。
始めに書いたように母親の友人に車いす生活の方がチラホラいて、彼らに気軽に車いすで都内を観光して欲しい、と思っていました。とりあえず4部ほど、発行している東京都産業労働局観光部振興課に問い合わせて取り寄せました。
家で取り寄せたものを改めて見てみると、この『東京観光バリアフリー情報ガイド』、観光先の名所などのバリアフリー情報は載っているものの、そこに辿り着くまでの肝心の足の部分が全く載っていなく、これではなあ、という感じでした。パンフレットのタイトルからして当たり前だったのですが。
いろいろ障害者福祉に携わる人たちと話していて、欲しいのは足の部分、バスとタクシーはもう100パーセント大丈夫、あとは鉄道、ということになりました。バスは普段自分も乗るから状況はわかっていたし、タクシーについても2020年のオリンピック、パラリンピックに向け、車いすがそのまま乗り込めるワゴン式のものに完全に移行する、ということを前に乗ったタクシーの運転手に聴いたし、ニュースでも見ていました。
タクシーは高いですが。


その中で、ある人が前に丸ノ内線で東京メトロ(旧営団)のバリアフリー冊子を見たことがあるようなことを話してくれて、問い合わせることにしました。
そこで再び東京都産業労働局観光部振興課(03-5320-4768)に問い合わせて、そのまま伝え、東京の鉄道の駅、乗り換えのバリアフリー情報を一括したような本はないか、と訊くと、東京メトロ、都営地下鉄の駅ごとのバリアフリー情報が冊子になっていることを教えてくれ、問い合わせ先として、東京交通局、その窓口の都営交通お客様センターの番号を教えてくれました。
私が、JRや私鉄はないのか、と訊くと、残念ながらなく、鉄道会社が違い、その関係もあってなかなか難しいこと、さらに鉄道他社間の、「乗り換え」についても載っていない、皆さんそこはグーグルで調べている、という実情をざっくばらんに話してくれました。
それから東京交通局に電話をしてとりあえず東京メトロと都営地下鉄のバリアフリー情報冊子を取り寄せようと思いました。
電話に出た男性曰く、『バリアフリーガイド』と『バリアフリー便利帳』という冊子があり、どちらも都営地下鉄と「東京メトロさん」の両方の駅についての情報が載っている。手に入れ方としては、都営地下鉄の駅で「在庫があればおいている」。ただどの駅が都営かについて管轄がいろいろあるらしく、「例えば都営三田線が止まる目黒は東急さんの管轄で私たちの管轄ではない」「都営浅草線が止まる押上は~云々」これが延々と。
そういう状況ではあったのですが一応JRと私鉄は扱っているか訊いてみましたが、やはりもちろん取り扱っていない、「わかりかねる」とのこと。久しぶりにそういう人を見たような気がしたし、人それぞれだな、と。
そんなこんなで当初の目的だったバリアフリー情報冊子を取り寄せることも言い出せず、電話を切りました。


たまたまこの日、神楽坂で用事があったので、東京メトロ神楽坂駅で駅員にさっそくこの2冊のパンフレットのことを訊いてみたら、わかってくれて、素通りしていた改札近くのいろいろな冊子やパンフレットが置いてある棚から『バリアフリー便利帳』をくれました。もう一冊の『バリアフリーガイド』についても訊いてみたのですがわからないとのこと。しかし快く応じてくれたのもあり、自分用と、相談に乗ってくれた勤め先の人たちのためにも見せようと思って2部もらいました。
その後JR吉祥寺で同様のものを駅員に申し出たら貰えました。
JR東日本が出している『駅バリアフリー設備のご案内』。
東京や首都圏のJRの駅が網羅されています。
気になったのは、窓口で申し出たときのことなのですが、私の要求を聞くと駅員さんは、ちょっとそちらで待っていてください、と言って、いったん窓の蛇腹を下げ事務所の中を見えなくしてから、しばらく、ようやく蛇腹が開いて、
「この一部だけしかないですが。」
ということいただきました。一応何冊か多くもらえるか訊いたら「ダメ、これしかない、」と言っていて、あまりこのガイドのことをおおっぴらにして欲しくない感じにも見えました。本当に必要な人にしか配ってないのかも知れないのと、JRも民間で厳しいだろうし、あまり金をかけられないのかも知れないのかな、と思いました。
若い男性の駅員さんで、駅のバリアフリー状況は日々アップデートされていて、これは2017年4月1日のものでこれが最新版だと教えてくれました。
その足で京王線吉祥寺駅の窓口に行きました。
私の家の最寄りは仙川ないしつつじヶ丘だし、JRとともに京王線もあったらひとまず近場はおさえられる、と思い。
駅員に、「京王電鉄各駅のバリアフリーガイドの冊子が欲しい、」と言ったら、
インターネットで各駅についてのバリアフリー情報が載っている、必要な駅を言ってくれたらプリントアウトしますよ、と言ってくれ、私が、冊子の形のものはないか訊くと、それはない、とのことでした。
若い女性の駅員が対応してくれたのですが、対応は親切、他の年配の男性の駅員も関心を持ってくれていました。窓口の前には「筆談に応じます。」の張り紙もあったし、頑張っている様子でした。しかしできれば冊子が欲しかったので、少し残念。

私が冊子、書籍の形にこだわるのは、どんなにWEB上に情報があり、いろいろな有益なものがあっても、私の知る限りではスマホもパソコンも持っていない高齢者が絶対的に多数存在することです。障害者もそういうケースはあることと思います。
彼らに手軽に移動のための情報を一冊にまとまった冊子でもあれば、活動範囲は広がる。行楽にも行ける。どこにでも、好きなところへ、手軽に。安心して。それが欲しいです。
勤め先で話していて、冊子のもの、書籍はないのか、ないのなら作っちゃおうかな、と言っていたら、みんな、「カッコイイ、」、「売れるかも、」、とかは言ったものの、あまり出版までやる妥当性が見出せない様子で、情報も集めたらキリがないし、当事者たちは今ある社会資源を自分たちなりに繋ぎ合わせて移動している現状がある、ということでした。
みんな言っていることは、都内全域は難しいが各自治体、団体、法人、ボランティアなどがバリアフリー冊子を独自に出していることも多く、それを活用して、乗り換え、 については東京観光振興課の職員の方も言っていた通り、みんなGoogleなどで調べて移動しているのが実状で、それはある意味現実的でリーズナブルな状況かも知れない。
私が、「都社協とかやってくれないかな、」と言っても、やらないだろうな、という感じで、私がまた若干、都や国がやらないで当事者のエネルギーに依存するのはいかがなものか、という不毛なことを言い始めてしまったので、まあまあ、といさめられました。
行政を動かすことの大変さもみんな感じているようで。
しかし、繰り返しになりますが、これからはITの時代かも知れないが、必ず、そこからはみ出る人が出てくる、と言うか、すでにそういう人で困っている人が母や母の友人たちを始め多数いる、そこに必要性を感じます。

民間の動きをごくごく簡単にさらっておきます。

妻が東日本大震災の時に味の素スタジアムで避難民の共同生活の場でボランティアをやっていたのですが、当然、医療的、福祉的配慮の必要な避難民も多くいたので、IT関係に強いボランティア・メンバーたちがAED設置場所などの必要情報を集めて常時編集状態にして、リンクを共有していたそうです。
そこで妻が出会った調布のある方は完全なボランティアなのですが、4000人近い当事者含む会員とFACEBOOKで繋がっており、調布界隈の各駅や地域のAED情報を、わかりやすい写真つきでアップしているそうです。みな、いざという時は視覚で得る情報でAEDの設置場所を把握していることが多いからです。
これです。
https://jauntful.com/ruwata_mori/xyPCjbnwUl

さらに調布ではこういうAED設置と普及のための啓蒙運動としてこういうものも行われているそうです。
https://dot.asahi.com/dot/2015032300080.html?page=1


他にもいくつかリンクを貼ります。


『らくらくおでかけネット』
http://www.ecomo-rakuraku.jp/rakuraku/index/
これは東京のみならず、全国の鉄道、バス、飛行機、旅客船まで網羅しており、経路も検索できてなおかつシンプルでわかりやすくていいと思います。もしかしたらこのサイトを使っている人が多いのではないかと思われます。車いすの人、階段がきつい人、ベビーカーを使う家庭の人など、エレベーターだけではなく、トイレも車いすユーザー、オストメイト、ベビーベッドの情報も載っています。


『Freedom Train』
http://www7.plala.or.jp/biz/ft/index.html
このリンク集は身体障害者、車いすユーザーの移動についてはもちろん、例えば障害者採用・就職支援や福祉器具についてまで、広きに渡っていろいろ載っています。
全国区です。もちろん例えば東京をクリックすれば東京のページになるし、みな自分のいる場所、行く場所について検索できます。
当事者のブログなどもあり、生の声や、ざっくばらんな情報にも触れられるかもしれないです。


参考程度にリンクを貼りましたが、このようにみな独自にWEB上でバリアフリー情報をアップしたり、リンクをシェアしたり、いろいろなところから発信しています。しかし、これだけさらった印象だけでもひとことで言ってまず量が膨大。情報の質も、まさに玉石混淆になりうるのがインターネットとも思います。一人一人にとって本当に必要な情報を得るためには大量にある情報からまず自分にあったものを選ばなければならなくて、探すのがまず一苦労。
オンラインで生活している人でも、これはそれなりに大変な作業。ましてやスマホもパソコンもない人にとっては縁遠い。


当事者たちのバリアフリー情報の収集の状況例としては、調布市国領在住の車いすユーザーの友人はもしかしたらこの多摩地域のバリアフリー状況について最も詳しい人の一人かも知れないです。もともとこの辺りの市民ゴスペルサークルで私が少し伴奏をやっていた時に会った方なのですが、ビートルズや特にジョージ・ハリソンが好きで一緒に彼の“My Sweet Lord”をやったりもしました。パラリンピック種目でもあるボッチャが好きで国立にある障害者スポーツセンターでばったり会ったこともあります。そんな感じでよく外出する人だし、その都度自分で行く場所のバリアフリー情報を調べていたと思います。
前に障害者の当事者団体であるCILが調布支部のCILちょうふを立ち上げる時、その集まりと飲み会に参加したのですが、彼はその時のコアメンバーでもあります。
CILちょうふのリンクを貼っておきます。
http://cil-chofu.com/

言えることは国領のその友人のように実際に現地に行かないと、体験しないと活きた情報は得られないし、効果的な発信の仕方もできないと思います。当事者は当然誰よりもバリアフリー情報について詳しく、体験的に場所ごとのバリアフリー情報を把握しており、情報の質も高く、量も多いです。
私がそもそもこのことを考えるようになったのも、膝が悪く、基本的に階段が無理な母が、新幹線線に乗るときに、
「品川駅はエレベーターがないから東京駅から乗る。」
と言っていたのが引っ掛かっていて、母にバリアフリー情報の冊子があるなら渡したかったのが発端だったのですが、母は母なりに自分の膝に見合った移動の方法を体験的に蓄積しているのだろうなとも思います。
また妻も例えば分倍河原駅は段差については一応全てエレベーターがあるが、駅の作りが多重構造になっていて、彼女が腰が痛くて階段が無理でエレベーターを使っていたときは、分倍河原はエレベーターがあってもしんどい駅だった、と聴きました。
求められるのはそういう活きた情報、そういう活きた情報を集めることが重要だと思うし、それが紙媒体で一括して盛り込めればそれは最高の理想だな、と思います。


こういう状況で国や自治体、社協などに一括した都内の鉄道のバリアフリーハンドブックを作って欲しいところだったのですが、行政を、国や自治体を動かすのは大変だし、それをやっているより、民間やボランティア、当事者たちがこれまで挙げたようにすでに色々工夫して発信しているので、それを活用したり、Web上のものはプリントアウトすればよいのが妥当というのもわかります。書籍を作っても、情報は日々アップデートされているし、アップデートされた情報じゃないと意味がない。また確かにそもそも書籍にするには情報量が膨大過ぎてキリがない、というのも真実でしょう。障害の類いも、必要とされる資源も、対象を広げれば無限にあるし、全てをやるのは誰にも無理かも知れないし、私に至っては全く無理です。
しかし一方で2年後には東京ではオリンピック・パラリンピックもあるし、今は行政も動きやすい時かも知れず、チャンスではあるかも知れない。特に今の首相はそういう派手な話が好きそうだし、彼らのキャンペーンと、当事者たちのニーズが噛み合えば案外Win-Winの結果がもたらせるのではないか、とまた色気が出てきてしまうのですが。
東日本大震災の時に石巻、女川でのボランティア活動で出会い、今も東京で大活躍をしているボランティアの先輩が、
「動ける人が動くのがいい時だと思った。」
と言っていて、それを考えるとうちは子供もいないし、姉は3人の子供を働きながら育てていて忙しい。私には比較的時間がある。障害者福祉の担い手たちもみな個別の現場の仕事で忙しく、なかなかそこまでできる状況にないことと思う。そんなことを考えるとまた書籍を作りたい、と思ってしまうのだが。
またコイツ、金にならんことを思いつきたるか、と怒られそうだったのですが妻にもおそるおそる、かくかくしかじかの本を作りたい、いや、わかってる、今のオレはとっ散らかってるし、ピアノの方でも逃したくない話ももらってるしね、やらないよ、と言うと、意外にも、「やればいいんじゃない?」とのこと。私が責任を持つのなら彼女のパイプも紹介するよ、とまで言ってくれました。
…。


しかし、いずれにせよこれはかなりデカい仕事。
書籍にはこだわりたいところですがそれはそれとして、まずWEB上で、コンテンツの部分を可能な時に、空いている時間で集めて整理して、万が一内容が充実した時と場合に初めて書籍の出版を考えてみたら、という程度でいいと思います。
あまり話を広げ過ぎるとボケる。まずは目の前のことから活きた情報、活きた言葉で集めて編んでみたいです。とりあえず母や母の友人たち向けにWEBからプリントアウトして簡単な冊子を作ってみることから始めようかと思っています。私事ながら今年の年末年始は妻の実家の広島に少し長めに帰省する予定で、時間が若干あるかも知れないので、その時にでもやってみようかな、と。

こういうことを考えている人はもの凄く多いはず、というか、すでにWEB上でもそういう人がたくさんいるのを見ます。
友人のみなさんからもし情報、ご意見、ご教示くださったら、大変ありがたいです。


参考までに、

『東京観光バリアフリー情報ガイド』(東京都産業労働局振興課/03-5320-4768)
取り寄せ可能。
『バリアフリー便利帳』(東京交通局)
都営地下鉄、東京メトロの各駅の窓口にて入手可能。
『駅バリアフリー設備のご案内』(JR東日本)
JR線の各駅の窓口にて入手可能。



最後まで読んでくれて有り難うございます。




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# by kento_ogiwara | 2018-12-02 17:03 | 大切なこと | Comments(0)

浦ノ崎

父の郷里の佐賀県伊万里、さらにそこから北へ、ほとんど長崎との県境の浦ノ崎(地元の発音でウランサキ)に、世話になった親戚に快気報告がてら行ってきました。

久しぶりの飛行機にテンションが上がる!

神々しい山
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雲海
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佐賀空港に着きそう
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有明海の船の波紋
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初めての佐賀市上陸
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有明海側の佐賀市から玄界灘側の伊万里を目指して特急みどり、ハウステンボス行きに乗る。
だいたいこの辺りの土地はこんな感じ
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原チャリと並走
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伊万里駅
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伊万里の夜はこんなです
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伊万里から松浦鉄道、佐世保行きに乗り、浦ノ崎を目指します。
乗り合わせたご老人に、私が
「同じ匂いがする」
と言われ、嬉しかったです。
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浦ノ崎、海を背にしてのぼり、見える風景
父はかつて仕事でしんどかったときに、母に、海の見えるところに行きたい、浦ノ崎でいい
と言っていたそうで、私が山と海とではどちらかというと海が好きなのはその影響もあるかもしれません
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子どもの頃、夏休みに伊万里に帰ると、いつも行っていた神社
鳥居の上に石を乗せられたらねがいごとがかなう、と言われていたような
この日もたくさん乗っていました
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海の反対側は山
柿がいたるところでなっていました
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最近父もここに来て、たくさんの渋柿を持ってかえって、それをうちで皮をむいて紐をつけ、カーテンレールにくくりつけて干し柿にしたのですが、ここの人たちもみんなやっていました
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浦ノ崎の海
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よく釣りをした堤防
メバル、あるいはヒイラギを釣って、親戚のうちで煮つけにして食べました
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波止場
ということばが実際に意味をもっているところを久しぶりに見ました
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ここの伯母夫婦に、廃墟がある、行ってみな、と言われて行ったことがあるのですが、今回行ってみたら廃墟はなくなっていました
でも代わりになかなか映える写真を撮ることができたので上げます
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帰りがけにとんびのつがいが飛んでいるのを見ました
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伊万里にもどって、親戚への挨拶も終わったし、ちょっと奮発しようと、おいしい寿司を食べました
1500円で大将にお任せで握ってもらいました
ほんとうにおいしかった
次は家族と来たいです
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# by kento_ogiwara | 2018-11-18 16:09 | 大切なこと | Comments(0)

みんなへ

伝えておかなければいけないことがあります。
ブログのタイトルもリニューアルしたし、ホントは先にこのことを書いて置かなければならなかったかも知れないし、家族を心配させ、大切な友人たちにも礼を失したかも知れないので、改めて。

知っている人も知らない人もいると思うので書いておきます。
長く病気でした。だいぶ落ち着いてきて、再びピアノが楽しくなってきているところです。
夏くらい、ワールドカップで日本がコロンビアに勝った日辺りからからぐんぐん調子が戻ってきて、8月の妻やごく親しい友人のみと開催してギターを弾いた“ひよこ音楽会vol.Ⅱ”を経て、さらにジャズ研の後輩たちと出演した10月の横浜ジャズプロムナードあたりが起爆剤になったのか、最近はいろいろジャズの音楽がアタマの中でグルグル鳴り続けているような感じで、毎日メトロノームつけて練習したり、ジャムセッションに出掛け始めたりしています。
5年ぶりくらいに新しい曲も書き、それもバンドで演奏するのが楽しみなこの頃です。

こういう日々がまた来るとは、一時は全く想像することもできないでいました。
このまま病み続け、ただ辛いだけの人生の黄昏を生きるのだと思っていました。
それがどういう訳だかここに帰ってこれました。

この間、家族や友人たちに多大な迷惑もかけたし、心配もかけた。いろんな人たちに助けられてここまで来ました。
私は決して独りで病気を克服したのではないです。
私のために一番骨を折ってくれた妻。家族や友人たち、この間友達でい続けてくれた友人たち。ヘロヘロの私をライヴやセッションに誘って一緒に演奏してくれた後輩たち、一緒に音楽の場に居させてくれた古い友人たち、見守ってくれてた人たち、気にかけてくれてた人たち、声をかけてくれた人たち。

もちろん、この間、残念ながら貴重な友人たちを失ってしまったのも事実です。
できることならまたやり直したい、とも思う反面、今やみんな自分の持ち場で精一杯、それぞれの道を歩んでいることも分かっているので、それを尊重して、私も自分の持ち場で精一杯に役割を果たすことがお礼になると考えています。
でもやっぱり迷惑をかけてしまった友人たちにはこの場を借りて謝りたいと思います。
今は離れた場所から、みんなのことを応援してます。

再びジャズ・ピアノが楽しくなって、まるで第二の青春が訪れたように感じていますが、それに先立って、支えてくれたみんなに対する感謝の気持ちを伝えたいです。妻や家族、友人たちの力があって初めてまたピアノが弾けていることを肝に銘じています。
最近になってようやく、私を取り巻いていた(大層な言葉ですが)本当の愛みたいなものの存在を知ることができたように思います。私はそれを今度は、今度こそは絶対につかんで離さないし、それを私はこれからは全力をもって守り抜きたいと思っています。
私はずっと自分が愛されることを考える人間でした。それでいて人を愛して生活している人たちに憧れていました。
人は自分の人生を終える時、2つに分かれると聴きました。
人に愛されたことを思う人生と、人を愛したことを思う人生。
私は最後に自分は人を愛した、と思えるようになりたいです。
そして私はようやく人を愛する人生を送る腹積もりが、準備が整ったように思います。

私にとってジャズ・ピアノとは、妻や家族、友人たちあってのものです。
だから彼らのことを大切に思って弾いていきたいし、彼らのためには場合によってはピアノを弾かないことも覚悟しています。
私にとってジャズ・ピアノより大切なものがあると感じています。
だからこのブログのタイトルにあるように私にとってはジャズ・ピアノはヘタの横好きです。
そしてジャズ・ピアノを辛くならない範囲で、疲れ過ぎない程度に、楽しい部分だけで付き合っていけたら、と思っています。
ジャズの悲哀に満ちた歴史も、かつて師事していた元岡一英さんの言葉でいう宿命を、私は請け負わないつもりです。まあもっとも私にはプロとしてやっている人たちのような練習量も技量も精神力もないのでそもそもそんなこと考えるまでもなく当たり前のこと、請け負わない、というより請け負いたくても請け負えない、というのが真実ですが。
ともかく彼らと私は本質的に別の道を生きていますし、私はそんな彼らをリスペクトしています。
だから自分は単なるヘタの横好きです。
ギター小僧だった少年時代、ジミヘンやレイ・ヴォーンみたいに弾きたくて手当たり次第にブルースを聴き漁っては弾いていたように、今はバドやモンクみたいなバップの空気を身にまといたくて彼らの曲を弾いたり、コピーしたり、エリス・マルサリスやサイラス・チェスナットを研究してピアノを弾いているだけで、たぶんギター小僧だったあの頃と自分は何にも変わってないし、それが私の音楽への接し方なのかな、と思ってます。

もちろん1000枚位あるジャズのCDコレクションも、それ以前に聴いていたロックやブルース、ポップスなどのやっぱり1000枚くらいあるCDも、元岡さんも、ジャズ研の先輩や仲間たちも、その後の音楽人生で出会った人々も共演者たちも地元のミュージシャンたちも、みんな私の中で生きています。音楽は人から人へ受け継ぐものだし誰と出会ったかでその人の音楽は9割以上は決まるものだと思います。その点では自分はすぐれて恵まれた出会いをしてきたと思っています。それを受け継いできたことは私の財産であり、宝物であり、尊いものです。自分の中での音楽への優先度は下がったとはいえ、そのきらめきは変わらないと思うし、これからも大切にしていきたいです。

もちろん、綺麗ごとです。
これから、こういう風に言葉やら音楽やら、優しいだけの気遣いやらで生きて行こうとは思っていません。
でもまずは焦らず、目の前の事を真摯に、あくまでガチで、大切に、一歩ずつ取り組んでいけたら、と思っています。
ジャズ・ピアノも、あくまで仕事や家族のこと、その他諸々あって、その中で与えられた時間にいかに集中してやるか、というスタンスで暫くはやって行こうかと思っています。

最後にまた下らないことを蛇足してこの感謝のメッセージを終えたいと思います。
この前の横浜ジャズプロムナードでの動画をこのブログにも貼りましたが、その中の“Everytime We Say Goodbye/ Now's The Time” の最後でテナー・サックスの牧田くんに煽られてイレギュラーでスポンテイニアスなアウト・ノートを連発しロスト、面白かったけどほうほうの体でエンディングにはやっと間に合い、なんとかみんなで演奏を終えました。フェイスブックにもその動画をアップしたのですが、その際、
“冒険に出て、自分を見失う、人生のように”
というセルフライナーノーツをつけました。
ギャグだったのですが、あんまりかんばしい反応はなく。
本当は誰かが突っ込んでくれたら、人生繋がりでこう続けようと思っていました。
“自分を見失っても、友人の力でもとに戻ってこれたのも、人生のよう”
あまりに陳腐だし、また余計な駄文を弄している、と思われるので書かなかったのですが、ここに記しておきます。
感謝の気持ちを込めて。

最後に今の私を後押ししてくれる曲を添えておきます。
大好きなジャズ歌手でアメイジングで最高のピアニストでもあるNina Simoneの“Just In Time”なのですが、この曲、インストで何度かやったことはあるものの、歌を聴くのはこれが初めてで、歌詞についても最近知りました。
Nina35歳、旅立ちの歌です。






























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# by kento_ogiwara | 2018-11-08 00:38 | 音楽のこと | Comments(0)