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収穫のあと

私のソロ・ピアノ・リサイタルに来てくれた方々、また、関心を寄せてくれていた方々もどうもありがとうございます。

無事、終わりました。

リサイタルが終わって3日経ちましたが、まだ、疲れがとれません。
体に力が入らなくて、グッタリしています。
音楽からも離れていて、CDなどもその後全く聴いていません。
抜け殻のようになっていますが、だからこそか、ピアノの基礎練だけはやっています。ただし曲は一切弾いていません。そういう気分になれないのです。

ま、やっぱりハードワークなんですね。

色々な感想を頂きましたが、概ね好意的に楽しんでしただけたようです。
良かったです。

私自身、ちょっと奇跡的な日で、人前で、スポットライトを浴びながら、リラックスして弾くことができて、おまけに演奏を楽しむこともできて、しかも終盤などはZONEに入っていたのか、何をどのように弾いていたのか全く記憶になく、ただただ気持ちのいい時間が過ぎていく、という感じでした。自由ですらあり、それも無心で音楽が導くまま身を委ねていくような類の自由でした。
もうあんな経験jはないでしょう。そうそうないと思います。少なくともソロ・ピアノのリサイタルではないと思います。しかも今回は録音もできていて、まあまだ録音を聴くのはその気にもなれないし、めんどくさいし、疲れるし、でまだ聴いていないのですが、そういう、大袈裟ながらも奇跡的な演奏が録音MDの中にも入っている状態です。

まだモトオカ師匠と相談はしていないのですが、これを機に、一旦ソロ・ピアノのレッスンは止めようか、と思っています。ソロ・ピアノはハードワークですし、3年以上のレッスンの成果を最高の形で残すこともできそうですし、ちょっと今まで頑張り過ぎていて、ちょっと疲れてしまったので。

あとソロ、というジャズでもっともストイックな形態に身を置くことで、成長したり、地力がついたり、いろいろあらゆるポジティヴな変化を経験しました。
しかしその一方でソロはやはりあまりにも孤独過ぎて、自分が孤独な中頑張ってる!もっともストイックでハードなフォーマットで、最前線に身をおいて頑張っている!と片意地張ってる分、プライドも高かったし、その反面、色んなほかの演奏者のことを軽蔑したり、侮辱したり、否定したりしていたと思います。そうしないと自分をソロ・ピアニストとして保てなかったのだと思います。
そんな孤独とプライドと否定の3年から、少しお休みをいただきたく思います。

正直、色んな人をコケにして、バカにして、否定してきたな、そしてその分当たり前ですが、たくさんの人を傷つけ、気持ちを害させ、怒らせてきたな、と思います。
その贖罪の気持ちと、申し訳なさ、自分を責める気持ち、後ろめたさ、自分のやってきたことの恐ろしさなどを感じたりで、リサイタルが終わってから眠れない日々が少しだけ続いています。

音楽に接するその形は、人の数と同じだけ多様です。
当然そうであっていいはずです。でもわたしはそれを認めてこなかった。でもそれってその人の人生そのものを一方的に評価すること、否定することなのではないか、そして当然それはもっともやってはいけないことなのではないか、と思います。でも私は自分を保つためそうしてしまってきていた。
お詫びの気持ち、申し訳ない気持ちでいっぱいなのと、もうそういうことを終わりにしたいのです。少なくともしばらくの間は。
またどこかで勝負かけなければいけない時に、またカリカリなってしまうことはあるかもしれませんが、この3年以上の濃密なレッスンと必死の気持ちでやっていた日々の練習、また有り余るほどの悩みや葛藤の末、今回のリサイタルでひとまず収穫の季節を迎えたと思うので、一旦、休止することを考えています。

繰り返すようですが音楽やピアノを止めるつもりはありません。
ソロ・ピアノは一旦休止、ということです。
これからはもっといろいろな人の、いろいろな音楽との繋がり方を受けいれて、いろいろな人との出会いを大切にし、尊重し、いろいろな人とやってみたい、と思っています。もちろん無理のない範囲で、です。

まあありていに言えば、しばらくソロ・ピアノ・リサイタルはもう当分は開かないし、モトオカさんとのレッスンも、これはモトオカさんと相談の上決めますが、ソロ・ピアノ、ということでは一旦ストップしたい、というだけで、ピアニストとしての活動、音楽は今まで通り続ける、ということです。
だからこれからも、というかこれからはなおのこと一層皆さんとの楽しい音楽での繋がりを期待したいです。

今月前半に旧友たちと演奏したピアノ・トリオ、そして今回のソロのそれぞれのライヴ録音は、個人的にも貴重で大切で非常に幸運なものなので、せっかくなのでCDアルバムの形にしようかな、と思っています。私の初めての全曲がオリジナルでないカバー曲、そして初めての完全なるジャズ・アルバムになります。あと初めてのライヴ録音アルバムっでことにもなるのかな。
それくらい素晴らしい体験を6月にはさせていただきました。
この大切な瞬間をメモリアルとして、是非CDという“カタチ”にしておきたいと思います。
完成したら皆さんにお届けしますね!!!

それではこの辺で。
わたし、わたしたちの音楽を聴いてくれた人たちにはありがとう。
この間ずっと私に否定され、傷つけられてきた人たちには、心からごめんなさい。
そしてこれから、それでもわたしと音楽で繋がってくれるよ、という人たちには、よろしくお願いします。
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by kento_ogiwara | 2012-06-26 22:49 | BLOG;音楽について | Comments(0)

ソロ・ピアノ・リサイタルの最終案内

来たる土曜日23日、つつじが丘児童館ホールでソロ・ピアノのリサイタルを催します。
ぜひぜひ皆さんいらして下さい。
14時開場、14時30分スタートです。
チャージに500円いただきます。

普段している練習のように弾ければ、そこそこ聴きがいのある演奏はできると思います。
まあなかなか練習通りにいかない、とか色んな話がありますが、まあきっと練習通りに弾けることでしょう。というか練習通りにしか弾きません。

ソロ・ピアノはハードワークだ、という話もありますが、

そこは逆ギレのように割り切って、
“えっ?でもピアニストはピアノの練習する時いつも一人で一日に何曲も一人で弾いたりしてるでしょ?
 だから別にそんな大変なことないよ。”
と思うことにします。

ましてや親愛なる皆様が来てくだされば、そこはむしろサポーター、いわば共演者のような存在がいるのだからそこは頼りに頼っちゃえばいいじゃん!、とか割り切ります。

一応パンフレットも作って、文章も載せてみました。
こんな感じでやりたいと思います。

以下、パンフレットから引用;
ソロ・ピアノでジャズのリサイタルをする、という試みは、今回で2回目となります。少しばかりの経験と、私の自宅からも歩いて1分というこのアットホームな雰囲気のつつじヶ丘児童館ホールで、なごやかな雰囲気の中、皆様とご一緒にジャズの楽しさを共有できたら、と思います。
何分未熟なアマチュア・ピアニストの公演、お聞き苦しいところもあるかとは思いますが、どうか温かい目でお見守り下さい。
演奏にかかる上での心持ちについては、おそらく全ての音楽演奏者の共通の課題であり、色々な考えが色々なところで語りつくされていることとも思います。先日、学生時代の盟友たちと久しぶりに共演する機会があり、そこで素晴らしい信頼関係、安心感を演奏していて感じました。本当に楽しいひと時でした。やはり気心の知れた旧友たちとのセッションは、何にも勝るものだと思います。自然体で、緊張することもなく、無心に、本当にリラックスして楽しんで演奏することができた旧友たちとのセッションでした。
さて、ところが、今日の試みは、ソロ・ピアノ、です。そこには頼りになる共演者、安心して私を演奏に臨ませてくれる旧友たちもいません。これは大変です。全てが私にかかっています。私がミスをして弾くことを止めたら、それはイコール音楽がそこで完全に止まってしますことをあらわします。さあ責任重大です。音楽の3要素と言われるリズム・和音・メロディ全てを自分ひとりで司らなければなりません。さあ大変です。
と、自分を追い詰めるようなことを書いてしまいましたが、先日のその旧友たちとのセッションの場で出会ったバイオリニストに、「脱力すること」の重要性を説かれました。脱力してリラックスして演奏する。緊張しないで自然体で演奏する。そのための鍛錬を彼女は積んでいるようでした。旧友たちとの自然体のリラックスしたセッションでの楽しさ、そしてバイオリニストの言う「脱力すること」、リラックスすることの重要さ、これを胸にしながら、今日は演奏に当たりたいと思います。皆様もリラックスしてご鑑賞ください。
最後に、この3年余り、私のソロ・ジャズ・ピアノの指導に当たってくれた元岡一英師匠に心からの感謝を記しておきたいと思います。師匠との3年あまりのレッスンがあって初めてこうやってソロ・ピアノのリサイタルを開くことができました。この3年余りで師匠に教わったこと、練習してきたこと、レッスンなどを通して学んでいたことはあまりにも多くあります。それをこのリサイタルで表現できるかは、全くわかりません。しかし、この日が来たのは間違えなく元岡一英師匠との3年余りの蓄積の上であることは疑いようもない事実です。心から感謝の気持ちを記すものです。
最後になりましたが、ご来場の皆様が、リラックスしてリサイタルを楽しんでいただけることを祈っております。私もリラックスして、「脱力して」、自然体で楽しく演奏するように心がけます。
幸運を!皆様と私に (笑)
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オマケ、近くに住む両親にもらったジャガイモとニンジンと玉ネギを使ってシチューを作った。さすが生協のジャガイモ、クリーミーかつ柔らかくなっても型崩れしない。
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by kento_ogiwara | 2012-06-17 23:07 | BLOG;音楽について | Comments(0)

僕たちの音楽

嵐の様な日々。

が、終わって、今日は有給。
木曜金曜は職場で最大のヤマである利用者との宿泊、土曜日はモスクワ在住の友人が帰国しての結婚披露宴とジャズ・クラブを借り切っての2次会、オマケに2次会は幹事。

もちろん2次会の後も友人らとともに3次会で向こう数年分のギャグを言い合い、4次会では幻想的な六本木の夜景に囲まれた店で撃沈、そのまま寝る。

昨日は体、全く動かず。

ここ最近のこのブログでの投稿は、音楽についてが多かった。
色んな人と色んなことを話して、どうやったら僕は僕の音楽に辿り着けるのか、細部にわたってまで考え、煮詰め、煮詰まっていた、ような記事が多かったと思う。

例えば、考えるな、というアドバイスを胸にピアノに向かうと、「考えるな。」と考えながら演奏するからうまくいかない。

かつてこのブログで、私にも自分の音楽があったじゃないか、と書いたことがある。自分のジャズ、と言ってはばかれるのなら、自分がピアノを弾いて出る自分の音楽、があったじゃないか、という趣旨のこと。それは5年間を過ごした大学のジャズ研での友人たちとの演奏、青春の音楽、レパートリーのことだった。それはジャズの世界の中で孤独感ばかりを募らせていた私にいくばくかの安心を与えてくれた。

モスクワからの一時帰国での結婚式とあって、そこにはその青春の音楽を奏でてきた友人たちの多くが一堂に会した。盟友のヒラツイチロウも大阪から駆け付けた。それにモスクワから一時帰国した新郎はこれまた同じ青春の時代を過ごしたマスタニシュウオウ。それと私の3人で学生時代の大半をジャズ研でリズム隊をつとめてきた。

モスクワ・大阪、そして東京の決して普段会うことのない3人によるレユニオン、そのメンバーでピアノ・トリオで披露宴で演奏した。

それで、その時、

あれが私がずっと探してきた僕の音楽、僕のジャズだったのだ、と思った。

私がずっと探してきた僕の音楽、僕のジャズとは、“僕らの音楽”、だったのだな、と思う。

昨日、大阪に帰ったヒラツイチロウにメールした。
「やっぱりオレにとって一番リラックスして音楽に臨めるのがヒラツやマスタニなんだな、と再確認したよ。演奏する上での心の持ちようって語り尽くされてるけど、要はオレはヒラツやマスタニといった昔からの仲間とやるのが一番いい心持ちで、気持ちよく、安心して演奏を楽しめる、というシンプルな結論に至ったよ。」
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もちろん最高の僕らの音楽をあの場で演奏できたのはそれだけが理由じゃない。
モトオカカズヒデ師匠との断続的ながら10数年に渡る付き合いとここ3年の濃密な師弟関係、そこから生まれた沢山のレッスンと日々の練習。さらに様々な東京のジャムセッション小屋におけるプレイヤーたちとの出会い、色々な蓄積があったから今があるのも本当。単にモスクワと大阪から旧友を呼び寄せればいつでも最高の演奏ができる、というものでもない。日々があるから、瞬間がある。
色んな出会いを大切にしていかなければいけないね。それがジャズっていう音楽のいいところでもあり、そこからまた新しい、僕らの音楽、が生まれていく。

2次会では六本木サテン・ドールでさらにシバタトオル、イトウヒロノリ、トリイユウサク、ホンダリョウ、アライナオヒコなどの仲間を加えてライブ。本番もさることながらリハーサルも、ジャムセッションも楽しかった。
みんなに本当に感謝です。
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サテン・ドールを出て、居酒屋へ。
久しぶりに会った旧友たちとたくさんのことを話した。マスタニがモスクワに2年間会わなかった分溜まっていた鬱憤を晴らすかのように共通のギャグを連呼したり、また暫く会えなくなるのでしゃべり溜めしておく勢いでアル・ヤンコヴィックの“Fat”からのネタを連呼。会話はほとんど意味がなくてただブラザーな英語を応酬したり連呼するのみ。
マスタニの友達でウラジオからの飛行機が5時間遅れたせいでこの席から参加になった人と、ウラジオのクラブで録ったというマッチョマンの動画を見たり。ヒラツの蟹工船時代やカムチャッカ時代の話が出たり。
六本木はホントにどうしようもない街で、我が物顔のガキから古今東西老若男女たちがまあ元気なことで眠らない街、というかうるさくて眠れない街だった。そうやって私たちも滅茶苦茶に夜という本来神々の時間とされる夜を騒ぎ倒して汚してやった。
同世代の旧友たちはみんなそれぞれ困難さを抱えて、大変さや難しさの中で生活していて、幸せで行儀のいい奴なんて一人もいなかった。みなが場合によってはゴミみたいに捨てられる生存競争の中で、痛み、苦しみ、悩みながら、必死にもがき生きているように見えた。私も含めてね。それでその中でそれこそゴミみたいに人が捨てられ、売られ、殴られ、くたばっている六本木の夜の中で、同じように自分たちもゴミみたいに騒ぎながら、私はなぜか、
“オレたち最強。”
と思った。
たぶん六本木の夜の中、私たちも傍から見ればゴミみたいな連中だったと思うが、オレに言わせればゴミにも意志がある。ゴミでも必死で生きようとしている。ゴミ箱を汚いものとして嫌ったりもしないよ、オレたちは。むしろゴミ箱の中でもゴミとしてたくましく生きているオレたちのことを、今の社会の食物連鎖の中でも最強だ、と思った。あらゆる苦難とともに生き、あらゆる苦難を請け負っているオレたちこそが最強で、誇りに思えた。
そんなヘンな類の人類愛に満たされながら、薄れゆく意識の中、4次会の店の窓から見えた六本木の夜景が妙にキレイで心に沁みた。
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色んな映画の中で登場人物たちが苦しみ葛藤し闘っているところを目にする。
が、オレたちにすればそんなの映画よりオレたちのほうが苦しみ葛藤し闘っているし、映画のようにそこに終わりはなく、終わりは見えない。映画よりも野蛮で残酷で苦しい日常を生きている。
もっともオレたちが第二次世界大戦中に生まれて、地獄みたいな戦場で過ごすとしたら、それはそれよりはマシかも知れない。ただだからといってそれで今のオレたちのこの苦難が軽いものでとるにたらないものだとも恐らく誰にも言えないと思う。
ただ私はこの大切な友人たちの幸せを願ってやまないし、また何かあるごとに顔を合わせてノドが涸れるまで大笑いをして叫びあってしゃべりあいたい。
そんな夜、私がこの街・東京を離れないのはこうやって友人たちと会うことができて、一緒に僕らの音楽を奏でることができて、しこたま酒を飲むことができるからなんだな、と改めて思った。
友人たちとの再会をうれしく思うのとその幸せを、そしてこのような席を設けてくれた新郎新婦の幸せを願ってやまない。
そして有り余る感謝の気持ちを新郎新婦に伝えたい。

マスタニ・Nさん、本当におめでとう!!!
モスクワにも行ってみたいです。そして東京に帰ってくるときは必ず連絡すること。そしてまた、
“Are you fat? Or what?”
“ding-dong, man, ding-dong, YO!”
とか連呼しよう!!!

そして友人の皆さん、またね。
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by kento_ogiwara | 2012-06-11 12:27 | BLOG;音楽について | Comments(0)