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図星なレッスン

日曜日、モトオカ師匠のレッスン。
最近はセッションにも行かず、練習もやりすぎずほどほどに、という感じでこんなんでモトオカ師匠は何を教えてくれるのかな、位の感じで行ったレッスンだった。

ところが、楽器は嘘をつかないね。その時の現状を無条件に露にする。
思いのほか実りの多いレッスンで、ちょっと興奮して帰り道歩きながら言われたことを記憶が鮮明なうちに残しておこうと、自分のアドレスにケータイからメールして書いた。
それくらい図星なこと、自分でもわかってる自分のウィーク・ポイント、及びその解決になる練習法まで実に適切に教えてもらった。

ケータイから自分に宛てたメールは以下、

力が入ってるので抜くこと、その結果前に行ってる、急いでいる、走っている、その結果ジャストでオンになっていても音符が狭く感じる、
だから、少し意識的に抜いてみてリラックスするように、そのリラックスするスイッチは無意識と意識のようなところでそのうち出来るようになるけど今のうちは意識的にリラックスするようにしかける。スイッチするように心掛ける。その結果音符も広く大きくなる、アル・フォスター、ジミー・コブみたいに。その結果弾いてても気持ちよくなるし、音楽を感じれる。楽しく。

 ↑

これって自分でもずっとダメなところだよなあ、そしてまた考えすぎたり、自信のなさからそうなってるんだよなあ、と考えてた。また演奏ってのは聴く人にとって、エキサイトメントを起こさせるものでなければならない、そのためには自分も熱くならないといけない、という昔からの強迫観念があるからリラックスとは対極なトランスしたような演奏をしなきゃならない、みたいに考えがちなんだよなあ、と思った。だから全然余裕なくて弾いてても無我夢中になろうとするばっかりで、よって楽しくもない、という風になりがちなんだよなあ。自分でもわかってて、もっと小説でも読んでるみたいに演奏という作業をできたら、と思ってたところに、この図星の指摘。
ちょっと逸れるけどジャズ研の先輩でもあり現在ラテン・ピアノの第一人者であるサイトウタカヤさんなんてとんでもなくぶっ飛んだ、異次元のような演奏をしてても、弾いてる時はけっこう冷静だ、と言っていた。
さらにモトオカさん、

姿勢も一生懸命になると前屈みになりがちだからもっと姿勢を起こして腕の長さがあることで安心して、指を見ながら、おお、オレの兵隊たち頑張ってるなあ、位の感じで見ている位で、

 ↑

とも。心身ともに音楽との適度な距離感が重要、ってことですな。
ある意味、自分でも思ってた、小説でも読むように、の表現にも通じるところがありますな。わかってるんだけどね。刷り込まれた強迫観念と自信のなさでなかなかうまくいかないんだ。
ただうまくいっている時の気持ち良さ、音楽の立ち上がるところを発見していくような楽しさ、音楽さ、、も知ってるから、そう言う感じでいつも弾けたらいいんだけど。
熱いのだけが音楽じゃないし、自分のレパートリー、音楽の中にも熱いとか異次元とかそういうのでなく、気持ちいいもの、歌えるものもあるから大丈夫なはずなんだ。。それにたぶん世間的に言っても熱いのとか異次元とかだけを求めてはいないと思うから。きっとシーンにも私の居場所はあるから、作れるから、安心していいんだ。

まあとにかく今は少し音楽と心も体の姿勢も意識して離れることが重要だな。

さらにずっと気になってたタッチのことも。
よく自分の録音とか聴いて、なんてダサいんだろう、聴けたもんじゃない、と思ってたんだけど、それは何を弾いてもタッチが悪く、それで何をやってもダサかったのだ。ついにそこにメスが入った。
以下、モトオカさんに言われたこと、

タッチはオンとオフ、しっかりリリースする。スタッカートでのスケール練習をやること。オレの音はだらしなく残っている、解消しよう。今まで取り組んできたタッチの練習、楕円形の動き、アップとダウンの中で気持ち良く弾いていけるポイントのようなところを、まだ私は見つけていない。得られる音に関しては、ぶどうが潰れる感じの音とかあるけど、要は自分が気持ちよく楕円形、アップとダウンしながら、気持ちよく弾ける体の動きを見つけて体に覚えこます、気持ちよく楕円形、アップとダウンしながらクレッシェンド、デクレッシェンド、アクセント出来ればいい、ということ。

  ↑

聴いてて気持ちいいタッチが得られれば、きっと私のピアノは格段に変わるはず。はやくあの野暮ったい私の今の音とはおさらばしたい。

これらのことを習得するのに幾つかの練習法を教わりました。
明日に繋げるために、ここに書き出しておきます。私の練習メニュー。

1、ハノン 1~20番 これは特に日曜のレッスンとは関係ないけど、自分にとって基礎体力のように必要。
2、スケール練習 明日から最近まで16分音符で弾いてた7つのスケールを3連付でかつスタッカートで。
3、左右5本の指をつかってアップとダウンの動きを腕との連動、楕円形の動きで気持ちいいポイントを見つける練習。量より質でやるように、と。
4、ハノン1番でいいのでこれも同じように右手一本で、2倍の音数と交互で。気持ちのいいポイントを見つけて体に覚え込ませる。

これをやる時でさえある程度の距離感で、おお、オレの兵隊頑張ってるな、と眺めるくらいでいいのだと。前かがみになってもいいことはない。

5、Joy Spring(これが日曜までの課題だったのだ。)の最初の8小節を順番に転調していって12keyで弾けるようにする。無論移調に弱い私のための練習。アドリブ、ベースラインも含めて。しかし移調の練習+ベースを2ビートのフィールを感じてこれで12keyで弾けるようになれば相当強い、とのこと。また4ウラと2ウラにボトムを入れるとソロ・ピアノとしては聴いている方にとってはいいのでその練習にもなるように、と。

6、さらに新曲まで!キツい。。。ディジー・ガレスピーの“Fiesta Mojo”という曲。今までラテンの曲をやってなかったので、とのこと。左手で1‐2ウラ-4のベースラインを弾くそうな。

かなりの量でございます・・・。
しかし明日に繋げるため書き出しておきました。。。

おっと忘れてた。個人的にやはり必要な親指をくぐらすハノンの31番~34番もやらなきゃな。

これとさらに個人的にやり続けていきたいのは、再三言っているアフリカ起源の8分の6拍子と4ビートを同時に感じて8分の6拍子から同一尺の4ビートに行ったり、あるいは4ビートから8分の6拍子へと、自由に行き来できるようにしていくこと、いつもこの3拍子と4拍子を同時に感じられるようになっていくこと。そのために相変わらずモンゴ・サンタマリアの“Afro-Blue”をずっと題材に使っているけど、昨日マイルス・デイビスの“Miles Smiles”も買ったので“Footprints”に変えてもいいかな。マイルスのアルバムではトニー・ウィリアムスが手数が多くてブッ速の4つで叩いてることが多かった印象だけど。ロン・カーターのベースの例のパターンが8分の6拍子というか2泊3連と2分音符という感じで。まあもちろんトニー・ウィリアムスは8分の6拍子も大好きだろうし、たまたまあのテイクが8分の6拍子のタップリとした感じよりも4つの疾走感、って感じになっただけじゃないか、と思うけど。

さて、こんなところで。
まあボチボチ練習していきます。

P.S.最近よく料理してます。
これは今日作って食べたカレーライス。
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だいたい月曜日にカレーや、シチュー、豚汁などを作ります。
火曜日にはそれがもう一度カレーを今度はチーズのせたりして、シチューはハッシュドビーフ、豚汁はもう一度豚汁+なんかで、水曜日はカレーうどん、煮込みハンバーグ、味噌煮込みうどんなどになります。
週アタマに大量に作って後はそのバリエーションで食う手抜き料理です。
しかし、家に帰ればメシがあるというのは倹約にもいいが気分的にもいいです。
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by kento_ogiwara | 2012-03-26 22:34 | BLOG;音楽について | Comments(0)

大阪・斑鳩の里

先週末から月曜に有給をとって大阪と斑鳩の里に行ってきました。

ひととき生活・東京から離れてリフレッシュ?できたような・・・。
まあおかげで今週は気持ちも軽く仕事もしています。

大阪について4日間お世話になりっぱなしになった叔母・従兄妹と会食。
まあ本人たちにも話しましが、私、前日金曜日に焼き鳥屋で独り飲みをやったらこれがどこかでタガが外れ大盛り上がり、一人で4時間以上飲んでしこたま二日酔いだったのですが、この頃には回復しておいしく従兄妹たちや叔母と晩餐できました。

翌日は、これぞ大阪!という市内観光。
まずは新世界のじゃんじゃん横丁で串カツ!!!
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ソース二度付け禁止はジョーシキやで。
しかしやっぱり東京の居酒屋なので食うそれとは違って、新世界の串カツはやっぱり旨かった!!!
昼間からビールをあおることであったよ・・・。

新世界は初めて行った時は、歌舞伎町、センター街などなど色々行っても“恐い”と思ったことがない私が、初めて“恐いわ~”と思った日本で最初の場所ですが、と同時に魅力も感じていて、しばらく新世界を散歩しました。
なんか、すごいレトロなピンボール屋に入ったり。
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ここ、保護者同伴でも18歳未満は入場不可で、実際キャーっとやってきた子供たちが番代さんみたいな人に追い返されたりしていた。
なんとなく雰囲気だそうと別に吸いたくもないタバコ吸って写真とったのだよ、ハッハッハ。
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このとおり、通天閣も見えますね。通天閣は昇ってもよかったんだけど、またしても行列ができていて、まあ並ぶ位ならいいか、ってことで今回も登っていません。なんでいつも行列できてるんだろうな。

心斎橋の方に移動。
特に目的はなかったんだけど、道頓堀の橋から見える夜景とかけっこう好きで、ちょいとセンチメンタル・ジャーニー的に浸ってみようか、といったところで行ってみました。
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カニ道楽の前で。グリコの巨大な看板も、くいだおれ太郎の人形もしっかりありましたよ。一通り写真に収めました。
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道頓堀でクルーズ船が走っていてびっくりしました。
あと、こうやって大都会の川の上にリバーボートがある光景が、去年行ったアムステルダムを思い出させました。なんかこの写真とかも妙にアムステルダムっぽいなあ、と思います。

昔からある老舗喫茶店ミツヤでジュース(大阪ではジュースと言えばもちろんミックスジュース!)を飲んで道頓堀の橋の上に。ここって例えば阪神ファンが優勝すると、わざわざ阪神電車とかで甲子園からここまで移動して、それから騒いで川に飛び込んだりするわけで。まあそんなこんなで大阪の人にとっては心の拠りどころなんじゃないかなあ。私も大阪、特にミナミとなるとここが好きでセンチメンタルになるにはもってこいなのです。
というわけで・・・、
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浸ってきました。

そのままここで従兄妹や叔母たちと待ち合わせして晩御飯のお好み焼きへ。
従兄弟が店とってくれておいしいお好み焼きでした。もはやB級グルメとは言わせないぞ、という位おいしかった。場所は道頓堀の両岸に広がる繁華街から法善寺横丁という路地を入ったところ。道頓堀も川の両岸だけでなく、路地を入ればさらに充実したお店があり、なかなか奥の深いところですよ。
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美味しかったねえ~。

翌日は斑鳩の里へ日帰りで。
なんと斑鳩の里の入口となるJR法隆寺駅までは天王寺から25分と、とても近いんですよ。もう殆ど通勤圏内。まあそのせいか、もっと奥にある明日香などよりもずっとひらけていて、住宅も多いのですが。
とりあえず法隆寺観光。12時などになると鐘が鳴り、それはもうけっこうな音で空気全体から頭蓋骨の中まで音が浸透していく感じ。これが子規の聴いた音かあ、と思う。
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柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺     
正岡子規

法隆寺は日本最古の木造建築かと思ってたけど、日本はおろか、世界で最古の木造建築らしいですね。まあ木は残りにくいのでこの600年代のものが残ってれば世界最古になるのかも知れませんね。この五重塔もしかり。この寺院でも最も重要なストゥーパ(釈尊の遺骨が収められるとされる)で法隆寺の象徴的ですよね。
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法隆寺、思ったより大きくて、広くて、かなり見応えがあったのですが、境内に梅が咲いていたのが嬉しかった。やっぱり寺には桜や紅葉などがあると一層映えますからね。
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国宝・百済観音などを収めた宝物殿にも行って面白かったけど、写真撮影は禁止だったので写真はありません。でも奈良時代や平安時代を経て日本風の仏教が定まる以前のこの頃の仏教美術はまた独特で、例えば仏像の顔にしても色々な顔があり、好みの顔、面白い顔を探しているだけでも楽しい仏像鑑賞でした。
パキスタン・ガンダーラ地方や、カンボジア・アンコール・ワットなどでも、色々な顔を仏像たちの中に発見することができてこっちまで顔真似したりして楽しかったのですが、仏教伝来間もないであろうこの頃の日本の仏像も同じような鑑賞の仕方ができます。

法隆寺を出て龍田川の方へ。
私は百人一首が好きで、少年時代はよく暗記したりしていたのですが、よく紅葉が詠まれる舞台のこの龍田川には一度行ってみたかったのです。

千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれないに 水くくるとは
在原業平 

嵐吹く 三室の山の 紅葉ばは 龍田の川の 錦なりけり
能因法師

法隆寺から瓦屋根の非常に古い民家などが並ぶ旧道を歩いて30分ほど、着きました。龍田川。
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正直ちょっと拍子抜けもしましたし、住宅や車が多いなあ、とも思いましたが、厳密に地形を見るとやっぱりかつて行った明日香に似てるなあ、とも思います。こんもりとした山。なだらかな土地の勾配。川の大きさetc.
しかしあまりにも紅葉が咲いてるわけでもなく、桜もまだ、単なる川っぺりのただの公園じゃん、という感じで、たぶん私たちは旅行者としてはそうとうケッタイなもんだったと思います。
万葉の空気を求めて歩いていると、
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これはリンクです。
業平は龍田川を染めた紅葉が、“からくれない”と歌いましたが、これはもちろん“唐(カラ)紅(くれない)”のこと。ここで“トウ(唐)かえで”に会うのも考古学的瞬間です。
ってなことをこじつけて、今ひとつぱっとしない思いで歩いていると、ほらあった、ここにも梅が。
今回の旅は梅に助けられました。ここ龍田川でも紅葉の季節は祭りをやったりしているようですが、オフ・シーズンはこのように閑散としております。何かこう、華、が欲しいわけだったのですが、桜もまだ。そこにこの梅には助けられました。
万葉の自然と梅のコラボレーションをお楽しみ下さい。
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梅の背景は万葉より伝わる龍田川の水面ですよ!
そして5年ほど前、明日香、吉野を訪れたときも見えた芽吹きの色はそこらへん中に始まっていました。さくらがつぼみをつけ始めると木々が非常に淡くですがすみれ色?紫色?に色づくのですが、その芽吹きの色を最後に写真に収めて斑鳩の里を後にしました。
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と法隆寺でも龍田川でも梅が花を添えてくれた感じです。
最終日は従兄妹たちに梅田の方までも送ってもらって、一緒にキタのディープな地下街で昼飯を食って、意外にオサレなカフェでコーヒー飲んだりしてゆったり満喫しました。

親切にしてくれた従兄妹たちと叔母ちゃん、本当にありがとう!!!
それにしても大阪弁って、ほんと柔らかくていいですねえ。日頃きつくて冷たい標準語の中で生活してるとホッと安心します。従兄妹や叔母ちゃんが特にゆっくり話す人たちなので。
何はともあれ、ほっと一息つけて疲れた心身を休めることができた大阪滞在でした。
しばらくこの余韻に浸れるだけ浸っていたいなあ、と思っています。

オマケ、
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大阪駅は最近リノベートしてこんな超近代的な感じになっています!!!
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by kento_ogiwara | 2012-03-22 23:31 | BLOG;その他 | Comments(2)

久しぶりに楽しかったピアノはブルースでした。

このブログを見て下さっている方はご存知だとは思いますが、オギワラ、しばらく不調に陥っていました。

それが!

少し抜けれたような感じがします。

というのも、

ピアノを弾いていて、実に久しぶりに、楽しい、と感じたのです!
ちょっとエキサイトメントを感じて思わずブログです。

今日も入念な基礎練習をやり、メトロノームに合わせて色んな曲をやっていたんです。モトオカさんのレッスンでやってきた曲を。
あんまりやり過ぎると疲れるし、最近はあんまり弾いていると、目が霞んで、視界が白んでくるような朦朧とした状況になってしまうことが多かったのですが、

ひとしきり弾いて、最後に学生時代仲間たちとやっていた“bewitched”を弾いてみたら、これが意外に楽しい。やっぱりあの頃のあの仲間たちとやっていた音楽が楽しいのかな?と嬉しい予感。そうだ、自分にはこういった財産があったじゃないか、というような嬉しい発見。私のあの頃の人生、青春とともにあったジャズ。

さらに続けて、なんとなくメトロノームを切って、ブルースを思いのままに弾いてみた。Fのブルース。ジャズの鉄板、共通語。

サイコーだった。

演奏してて、自分がそれまでしたことのないようなことが出来てしまってたり、溢れるようにメロディややりたいことが湧いてきて、そこにあるのが、“自由”だ、と言っても過言ではないようなあの解放感。
音楽だ。ジャズだ。そこにその時生まれてくる音楽だ。

と同時に自分がそれまで何に縛られていて、がんじがらめで、やってても全然楽しくなくて、まるで朦朧とした意識の中、出来ても大して嬉しくないジグソウパズルを組み合わせるのに没頭するようにピアノを弾いていたのか、わかった気がした。
何に縛られてたのか。
答えは、
曲だ。
メトロノームだ。
八分音符だ。三連符だ。十六分音符だ。6thのドロップ2だ。アッパーストラクチャー・トライアドだ。代理コードだ。
それまで必死に獲得してきたものたちだ。

もともとレイ・ヴォーンやヘンドリクス、スラッシュなどをコピーするギター小僧にとって、ブルースは全ての音楽の基本であって、非常に特殊な、それでいてとてもいいものだ。ジャズでもブルースはあるけど、少しソフィスティケイテッドされてて、チャーリー・パーカーのブルースなんてモノによってはとてもじゃないが、一般的な意味で“ブルージー”と言えるものではない。
まあそれでもジャズのブルースはジャズの世界ではもっともブルースのフィールを発揮できるものなのだ。
だってトニックが7thだもん。
他の曲、スタンダードたちと根本から一線を画している。
10代の頃からなぜブルースやロックはカッコよくて、他の音楽と違うのかの答えは、5度下に行くドミナント7thを大胆にもトニックに持ってきたからであり、これを始めた初期のブルースマンたちは天才であり、そこから従来の西洋音楽とは違う音楽が生まれた、と思っていた。

それがトニックがメイジャー7thのジャズのスタンダードたちに出会って、“一体これでなんで黒人音楽のフィーリングを出せ、って言うんだ?おかしな奴らだ。みんなおかしいことに気がついてないのか?”と大学でジャズ研に入ったころ思ってた。そこらへんの違和感も私が最初なかなかジャズに馴染めなかった大きな要因の一つだと思う。

ずっとブルースが好きで、演奏したがってきたけど、なぜかセッションの場でさえブルースは敬遠されることが多くて、セッションでブルースやるのはあまりナニな風潮がどこででもあるんだけど(何でだ?つまらないⅡ‐Ⅴの連続のさながら演歌のようなワンパターンな歌ものスタンダードの方がいいってのか?)、セッションの場でブルースをめぐることで一つ印象的なことがあった。

先月の阿佐ヶ谷マンハッタンのセッションで、プロのピアニストのあっきちゃんが出番になって、
“私、自由になりたい!・・・、自由って何?”
とか言って、まあそういう哲学的なハナシは置いておいて、曲を何にするか決めなくちゃいけない、ってなことになって、あっきちゃんは、
“moment's notice”
って言ったんだな。
そしたらベースのヤマザキさんが、呆れた様子で、
“それで自由になれるの?”
と言った。“moment's notice”はジョン・コルトレーンの曲で、もの凄いカッコよくて気持ちいいけど、凄まじい難しさで、この曲を吹き込んだレジェンドたちも相当困ったシロモノなんだな。
あっきちゃんの気持ちもなんかわかるよ。気持ちいい曲だし、曲が自分を導いてくれる、そんな曲だ(技量があれば。因みに私にはない。)。
散々迷った挙句、あっきちゃんは、
“じゃあブルースで。”
って言ったんだな。そしたらそこにいたモトオカ師匠が、
“はい正解です。”
って言ったんだ。

いいじゃん、“moment's notice”やれば、これだから日本のジャズの世界ってやだよな、っていう気持ちもないわけじゃない。でも純粋に“自由”を求めたとき、そうなんだと思う。

さっき、自分がいままでモトオカ師匠との尊い関係の中で獲得してきた6thのドロップ2やアッパーストラクチャー・トライアド、代理コードを一見否定するようなことを書いたけど、否定してるわけじゃないんだ。ただ、最近巧くなりたい、とかそういう気持ちが強すぎて、そのためにそういう技術を、“使わなきゃ”と思ってやってきてたんだよね。もちろん使いたかったら使えばいいんだけど、使わないといけない、となるとそれは縛りでしかない様相を帯びてくる。最初の頃モトオカ師匠も、“別に使わなきゃいけない、って訳じゃない。使えます。使ってもいい、ということです。”って言ってたのに、私バカよね・・・。

何をしなければいけない、三連付を弾かなければいけない、とか、ある意味この間私の愚痴の中で当たっていることで、音楽に対して受身になりすぎてると、なかなか自分の姿も見えなくなってきてしまう。あくまで自分の音楽は自分のもの、自分が出さなきゃなにも音楽も出てこないんだ。自分の存在を見失っちゃダメなんだ。自分が歌わなきゃいけないんだ。

前々回位のレッスンでモトオカ師匠が、もう3連付とか16分音符とかそういうことじゃなくて、もう歌っちゃうこと、とあまりとらわれないで歌うことの重要性を必死に説いていたけれど、そういうことなんだろうな。私が3連付を弾かなきゃならない、とか16分音符を弾かなきゃならない、とかそういうことにばかり必死になり過ぎてる、ってことを、いわば自分自身受け身になってしまって歌えなくなってることを、モトオカ師匠はもうあの頃から気がついていたのかもな。気持ち良く歌う、ってことが大切なこと、ってこと。

そこでメトロノームさえ切って、テーマも適当にブルース弾いたんだ。
重要なのは、、、

楽しかったんだ!!!

コレって素晴らしいことじゃないか!

気持ちが解放されて、何にも縛られず、いや、縛られないどころか、何も考えず(←コレって凄く大きい)、ただ湧き上がるものをそのまま音にしていったんだ。これって素晴らしいことじゃないか?これがジャズってことなんじゃないか?
体に染み付いてるコード進行、トニックに7thを用いてくることからくる7thだらけの究極の自由度、本当に色んなことができるし、何をやってもいいんだ。それが湧いてきて、それに身を委ねるようにしてそのまま歌っていればいい、そのまま気持ちよがっていればいい、これこそが私やあっきちゃんも考えてきた“自由”の答えなんじゃないか?

とにかく2ヶ月ぶり位にピアノを弾いて純粋に楽しくて、本当に嬉しいんだ。
よかったなあ、オギワラくん、いたのかあー、
よかったなあ、キミにも湧いてくるものがあったじゃないか、
よかったなあ、キミにもジャズが青春だったころを思い出したじゃないか、
よかったなあ、オギワラくん、キミもジャズ・ピアニスト、と呼べる時があるってことじゃないか、
自分の存在を確かに感じることができてうれしいぞ、オギワラくん!!!
いたのかあ、オギワラくん!良かったぞー、キミを見つけることができて!!!

モトオカ師匠やあっきちゃんもいた阿佐ヶ谷マンハッタンでのことは過去の記事、
“毎年のようにある新年の挙動不審”
です。
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by kento_ogiwara | 2012-03-08 21:09 | BLOG;音楽について | Comments(0)