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宇宙の果て

怒りに我を忘れる日々。
臨床をやって長い人と話していて、私が、最近平日飲むようになった、そして週末はむしろ飲まない、と言うとその大ベテラン臨床家も実は自分もそうだ、と。この類の仕事はそんなもんだ、と、惨めなこわんしだんす。
出ました、そんなもん。
でもこの、そんなもん、は、もうお互いある程度の経験をつんだもの同士で、もう残酷なまでに最終的な結論として最後に出てきたかのようだったな。

そんなもん、な場所からはいつでも離れてやりましょうか。
私は夢心地。
この世界がそんなもんでないこと、人生を、そんなもん、で終わらせないのが私の生き方。
私は宗教家、私はいつでも自分の道を歩き、バイブルは自分で書いてきた。
私は私の心の声に忠実な開祖にして信徒。

昨日、カミサンと三鷹にある国立天文台へ。
こと座の環状星雲を見るのがメインイベント。
結局たくさん並んで、望遠鏡のあるドームに着いたころには空が雲に覆われていて星一つ見えなかった。仮に晴れていたとしてもうっすらとしか見えない、という話は聞いていたが、その時の代替案として木星を見る、というのでむしろ楽しみにしていた。が、ドームに着いたころには木星も見えないほど雲に覆われて、結果、望遠鏡の説明なるものを聞いて帰ってきた。

もっとも最初に並んでいた時とか、けっこう晴れていて、こと座のベガ、わし座のアルタイル、白鳥座のデネヴによる夏の大三角形が肉眼でもよく見えた。夏の大三角形と言っても、19時、20時くらいだとむしろ今くらいのほうがちょうど天頂に近いところで見ることができるのだ。白鳥座のデネヴの近くの3つの恐らく2等星もよく見える。
東京でも晴れてて目が夜空に慣れてきたら観れると思うので、皆さんも星座表を持って夜空を見上げてみては。少なくともウチの周りでも綺麗に見えますよ。

ドームへの案内を待つ間、ロビーで宇宙に関するDVDを観ていた。
望遠鏡も進化が進み、今では129億光年先の天体まで見えるそうだ。その天体には“ヒミコ”と名がついていた。
え?と思った。
子供のときの記憶では宇宙の誕生は110億年前、つまり110億光年より先のそれは宇宙の果ての向こう側?と。
遠くを見ることは過去を見ること。例えば100光年とは光の速さで100年かかる距離、つまり光が私たちの元に届き、私たちが見てる時にはそれは100年前のの姿を見ていることになる。
宇宙の誕生が110億年前とすると、逆に言えば110億光年先を見ることが宇宙の誕生を見ること、そして110億光年より向こう、つまり宇宙の果ての向こうを見ることはビッグバン以前の宇宙誕生以前の姿を見ること、と思っていた。それが129億光年とは。
すかさず質問コーナーへ。
何のことはない。私が少年から35歳になる間に天文学も進歩し、今では137億年前にビッグバンがおこり、観測された天体でも一番遠くで131億光年のものも観測されているということだった。
でも食い下がる私。わかりました。では137億光年より先が見れれば、それはビッグバン以前の宇宙誕生以前のものが見れるのでしょうか?
子供のときからずっと気になってた。ビッグバン以前の世界。ホーキングはそれを虚数空間と呼んだし、あるいは何ともいえない“真空のゆらぎ”と呼ばれるものからビッグバンのタマゴのようなものがいくつも次々と生まれていくというインフレーション理論とか、色々な説を聞いてきた。ビッグバンが生まれた137億年前以前=137億光年より向こう側、が見れれば、そこには少年時代から散々想像力を膨らませた宇宙の始まり以前の姿、宇宙が始まる前にあったものが見えるのではないか。

これに対する答えは質問コーナーではしゃちほこばった男性に難解な説明でお茶を濁された。
「光の速さも有限で・・・」とか「宇宙」という言葉の由来を話したり。素直にわからん、と言えばいいのに。でもビッグバンで始まったのは空間だけではなく共に“時”が始まったのだ、ということを言っていて、それは合点がいった。ビッグバンによって時が始まったのならビッグバン以前に時はなかった。時のない「もの」「何か」「姿」などは観られない。そりゃそうだな。ホーキングはそこでは時間が虚数で進んでいる、として虚数空間を言ったしそんなものはもう見れるものでもないだろう。だって虚数って、実際にはないから、ありえないから“虚数”なんだし。でも観てみたい、虚数空間であろうが、“真空のゆらぎ”であろうが。

ドームに並ぶ列で、雲に覆われた夜空の下で、ガイド兼説明員のような女性にもう一度聴く。
曰く、今でもより遠くを、より暗いところを見えるような望遠鏡の開発は進んでいる。ただしビッグバン以前は前述のように時がないのだからいわば“無”。無は見ることができない。もちろん(虚数空間にせよインフレーション理論にせよ)いろんな学者さんたちがいろんなことを言っているように研究は進んでいるけどいまひとつわからない。例えばこの宇宙は形としては台所のシンクにくっついた泡のような形をしている、ということが言われている。じゃあそんな形があるならその向こうはどうなっているんだろうね、とも思うけど。どうなんだろうね。そんなわかったようなわからないようなのが宇宙の果て。

そうなんだ。はっきりしたのは、まず、
ビッグバンによって時間も始まった。時間が始まる以前は無だし、時空は一つなのだからビッグバン以前には空間もない。姿も、形も、何かも、私たちの前に立ち上がって現れる、ということはあり得ない。だからそれを「無」と呼ぶこともできるだろう。ただその無からビッグバンが生まれたのは存在しうる中で最大で、ロマンチックで、果てしなく興味をそそられるパラドックスだね、と思う。
あと仮により暗く、より遠くを見ることのできる望遠鏡ができても、仮にそこに(例えば137億光年より向こうに)光がなければ、接眼レンズには何も映らないんだよね。私たちは望遠鏡で光を見ているのであって、例えば馬頭星雲のような暗黒星雲も、周りや背景に光があるから見えるのであって、光がないところには何も映らないのだ。光、この不思議なもの、全てを解き明かす鍵。ビッグバン時空の及ばないところが観れてもそこに光がなければ、何も見えないんだ。
仮に光があったとしてもそこには時間がないから光はないんだ、見えないんだ。うーん。

そんな禅問答のようなわかったようなわからないようなのが宇宙の果て。

ただ、ずっとビッグバン以前の姿をみるならビッグバンが誕生したより古い=遠くの宇宙を見れば、それで宇宙の果ての向こう=宇宙誕生以前の姿が見える、とずっと思い込んでいたけど、それでもしそんなものを観た時には人は発狂しちゃうんだ、とか想像してたけど、話はそんな単純じゃない、ということがこの歳にしてようやくわかった。宇宙誕生以前の姿、ってゆうか、時空もないところに、姿、もなにも立ち上がってくるわけじゃないからね。そこは納得。

でもやっぱり興味をそそられるなあ、と思います。宇宙の果て、とその向こう。ビッグバン以前の世界。
いつか望遠鏡の開発が進んで、もし万が一このあぶく状の宇宙のへりの向こうに、何かを見ることができたら、それは宇宙以前の姿なのか、ビッグバン時空を包むなにか空間、といってそんなものがないのなら“場”があるのか?あるとしたらそこには何かあるのか?及びそれは何なのか?など興味が尽きません。

そんなよくわかったようなわからないようなのが宇宙の果て。

とりあえず、もう友人たちにでっかい望遠鏡を作ってビッグバン以前の距離を観れば宇宙の果ての向こうが見れるんじゃん、とか言ったり、自分で思っているのはやめます。
わからないままにしておくのは文字通り腑に落ちませんが、わからないままにしておくのも時には重要、人生のように。

と観念放逸誇大妄想となってしまいましたが、国立天文台、いいとこでした。
説明員さんたちもとても輝いている人が多かったです。とってもピュアな感じで。
質問してくる子供たちに目をキラキラさせながら流暢な日本語で答えていく韓国人研究生とか。
ドームで子供たちのどんな質問にも丁寧にうまく子供たちの好奇心を膨らませるような答え方をしていた女性とか。
来ているお客さんも、ある子供はマイ望遠鏡片手にうっとりしたりのんびり屋さんぷりを発揮していてお父さんに怒られたり。でもその男の子、ドームでは必死に気になることを質問したり、望遠鏡の作り方を訊いて、“明日から作ろう!”と嬉々としていたり。あそこにいる人たちを観察するだけでも楽しかったりします。

国境は見えませんよ。
皆さんも地球に飽きたら、どうですか?
宇宙。
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by kento_ogiwara | 2011-09-25 22:18 | BLOG;その他 | Comments(0)

ヤング@ハート

今日はジミ・ヘンドリクスの命日ですね。
今日はこのDVDを観ました。
ヘンドリクスの“紫の煙”を歌おうとするが最初の歌いだしで緊張しすぎて後の歌詞を忘れてしまうおじいちゃんがいたり。
こわんしだんす。

ヤング@ハート [DVD]

ポニーキャニオン


月並みな感想ですが、老人には勝てないなあ~、と思います。
音楽でも、人生における様々なことでも。
もっとも音楽と人生の間に線を引くことも、あるいは別々に語ることもできないし、そういう世界を私たちは生きている、と思っています。そしてその全てにおいて、実在するこのアメリカの歌を歌う老人たちに勝てないなあ~、と思うのです。彼らの前では自分がいかにコワッパか思い知らされます。時には道を照らすように、時には私たち若者より若者らしく、そして真摯で、地道で、前向きで、一生懸命で。

いい映画でした。
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by kento_ogiwara | 2011-09-18 23:57 | BLOG;その他 | Comments(0)