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介護福祉士になった

国家試験に合格した後、さらに財団法人社会福祉振興・試験センターなる法人に万単位の金を納めて“登録”なるものをする。
この天下り財団法人に万単位のお金を納めて“登録”なるものをして初めて、介護福祉士を名乗ることができる。
いくら勉強したって国家試験に合格してもダメなのである。
みんな合格して喜べるのも束の間、さらに見たことも聞いたこともない様な財団法人に破格の金を納めないと社会福祉士なり介護福祉士なりになれない。もしこの天下り財団法人に金を納めないで、国家試験に受かった後に社会福祉士、介護福祉士なりを名乗ると、罰則の対象となる、というヤクザとも押し売りともつかないような財団法人の脅迫を前に、みんな仕方なくなけなしの金の中から万単位を捻出して社会福祉士、介護福祉士の名を買うのである。
そうやってこの天下りの温床福祉業界の最悪な腐りきった流れに加担すると下記のようなものが届く。
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無事、介護福祉士になりました。
受験資格は色々あるけど、私が使った受験資格は介護業務の実務経験3年、というもの。実質細々とした規定があってこのタイミングでの受験となりましたが、私の介護実務経験は現時点でもゆうに4年を超えています。
私はよく頭がいいと言われるし、オギワラさんなら受かるっしょ、とか言われるし、そんなこんなで受かっても誰もたいして祝福してくれなかったし、ああ、良かったねくらいのものだった。
でもはっきり言わせて貰っていいですか?
私はこのキツイ上賃金も安くて(自分ひとりで思いつめて2年連続でダブルワークもした。塾講師とフレンチ・レストランでのピアノ演奏。どちらも最悪だった。)、感情労働ゆえ心理的負担も大きく、またそんなもろもろで離職率も極めて高いこの業界で3年以上頑張ったんです。キツイ上賃金も安くて離職率も高くて、そしてこの社会の中である特別なニーズを有しているマイノリティの人たちのために3年以上(現時点で実質4年以上)頑張ったんです。
社会福祉士をとって今の現場に入ることを決めて、少なくとも社会福祉士をとったら現場を3年、という目標を立てた。いくら社会福祉士をとっても現場が分からなければ何も見えてこない、アタマと能書きだけの社会福祉士にはなりたくない、と思って現場を選び、初志をそうやって貫徹してようやく達成した一つのモニュメントです、この紙切れは。
ラクではなかったんです、この3年だって。
私がアタマが良くて、すんなり受かったと思ってる人、及び別にこの介護福祉士取得に関して私が特に何の苦労もして来てないと思っている人、落ちるのはいやだけど受かってたら受かってたでおめでとう、の一言も、ご苦労さん、の一言も、お疲れさん、の一言も出ない人たちなどに本当のことを言わせてもらう。

オレはこの紙切れを、努力と忍耐と根性でとった。
努力と忍耐と根性がなかったらっこの3年は乗り越えられなかった。
努力と忍耐と根性がなかったら今回の試験の時のベースにもなった社会福祉士取得のための夜学通学での勉強及び社会福祉士合格も成し得なかった。(夜学の時などは質問しまくるので一部の先生は私のことをいやがってた、or恐がっていたし、授業中に私語をしている生徒がいて先生の声が聞き取りづらかったのでその生徒二人を教室の外に追い出したりもしていた。)
現場に入ってからも常に学びの姿勢を忘れないで日々の業務に当たってきた。
職場で行われる学者による勉強会などの折にはいつも一生懸命聴いて、気になったことなどは躊躇なく質問してきた。
この紙切れは全てオレの、
努力と忍耐と根性の、
結晶だ。
このことは恐らく、日々努力と忍耐と根性で生きていない人にはわからないだろう。そういうヤツはまあせいぜいこの紙切れ一つのために駆けずり回っている私を勝手に笑ってるがいい。
オレの努力と忍耐と根性を認めてくれる人だけがこの紙切れのことで賛辞してくれればいい。

逆風ばかりだけど、絶対オレは折れない。
オレには信念もある。
頑張る対象がジャズであろうがピアノだろうが、オリジナル・アルバム製作であろうが、そしてもちろん、この社会福祉士としての仕事であろうが、オレは、
努力と忍耐と根性、
を最大の武器に切り開いていってやる。

オレからは以上だ。


P.S. なんか話の流れで、この財団法人社会福祉振興・試験センターについて少し調べてみたのですが、収入は受験手数料、登録手数料でまかなっているそうです。

ざっと計算して介護福祉士の受験手数料が12800円で13万人位が受けるとして16億6400万円。
          社会福祉士の受験手数料が11100円で4万人位が受けるとして4億4400万円。
合格した場合の登録手数料が介護福祉士が3320円で半数くらいが受かるとして1億円位。
                   社会福祉士が4050円で3割くらいが受かるとして4000万円位。

1年に1回の介護福祉士・社会福祉士でこの財団法人に入ってくる収入はざっと22億4800万円位。

それとは別に合格者はこれとはさらに別に「登録料」なるものを介護福祉士は9000円、社会福祉士は15000円この法人に払います。そのお金はどこへ行ってるんでしょうね?

因みにこの財団法人、一応は厚生労働省から指定された民間機関、ということになっており、どういった支出がされているのか、といったところもチェックが入りにくいとのこと。一体何にこれだけのお金を使っているのでしょうかね?

最近ではさすがにコレはまずい、と思ったのか最近受験手数料などを減額したり、この法人の役員、人員を減らすようにお上からお達しが来ているみたいですね。
いやまずいでしょう、実際。
人の道を外れるにも程があるってもんでしょう。

この財団法人社会福祉振興・試験センターについては非常に多くの介護福祉士・社会福祉士が怒りの思いを禁じえないようだ。
とある社会福祉士のブログにもそのとある顛末の一つが記事にされている。
参考までにご覧になってみてもいいでしょう。
こちらがそのとある社会福祉士のブログです。

本当にこの業界からこういった福祉の精神からおおよそ相容れない天下りがなくなることを願ってやまない。
この国の未来のこと、社会保障のこと、その都度立ちはだかる財源の話、といったことはせめてこういう露骨な社会悪が根絶されてからにしたい、と改めて思いました。
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by kento_ogiwara | 2011-05-14 19:22 | BLOG;社会福祉士として | Comments(4)

東京から~東日本大震災レポートⅦ

2ヶ月。

復興などまだまだ夢のまた夢。
避難民の避難所での生活も続く。
東京での生活は・・・、特に支障はない。人それぞれ、感じ方も、行動も。
地震当日の世界中からの日本への応援や、略奪などが起きないことへの賛美、多くの人がこの未曾有の大災害に一つになって克服しようとしていたムードなどは過去の話。

そして5月。

東京での生活は特に支障はない、と書いたけど、確実に地震から人々の心には変化が生じた。
ポジティヴな変化なら歓迎なのだけれど、残念ながらそれだけではなかった。
この間私の知る限りで3人の知人が心を病み、うち一人は自裁した。
私の知る精神科医は東北へ飛んだ。
被災地でも病む人は多いのだろう。当たり前だ。あんなことが起こったのだから。
確実に今回の大地震は人々の心を疲れさせている。
被災地でも、東京でも。

このブログを読んでくださっている皆様も感じていることと思いますが、私も相当疲れています。
なんでなんだろう?
妻が避難所でのボランティアに通っていて、今回の地震や原発一連、避難生活のことなどを聞いたり、直に私の生活にも影響を与えているからだろうか。私の職場は節電もしっかりやっているし、ある意味人間らしい組織としての対応を今回の震災についてしているからありがたい。今は職場が私の心の憩いの場だ。組織によっては節電も一切せず、被災地にある取引先に被災したことへの配慮もなく納期の遅れなどに対して恫喝的に迫ったりしているところもあるそうで、その点は今の職場で良かったな、と思います。
ひとりひとりが出来る範囲で、出来ることを、この言葉は案外実践するのが難しいことだと感じています。私も今回のことでどう立ち振る舞ったらいいのか、図りかねたり、動揺したりもしています。

何が言いたいのかわからなくなってきましたが、ま、一つ、案外簡単に言えるのは、死んだらいかん、ってことだと思います。
私も他人事ではありません。
地震直後のように目標は一つではなく、今、みんなの意見、やっていること、関心なども多様化しています。
それぞれが、もっと言えば一人一人が自分の立ち位置で、もっと言えば安心できる立ち位置で、できるだけ普段通りの生活をする、ことの重要さが増してきているような気がします。普段通り、できるだけ楽しく、リラックスして、生活を楽しむ。それができた上で何かアクションに出たい人はでればいい。
震災当初から想定され、そして実際そのつもりで身構えてもいた、長期戦、という言葉は甘くなかった。実際何も解決していなくて、まさにこれからが長期戦という様相だけれど、そのためにも、うまく自分たちを保っていかないと。自分を保たないと長期戦に参加することもできない。
もっとも言うのは簡単、それが簡単にできるならこんなに多くの人が心を病んだりしていない。こちらの心の持ちようとかそういう理屈を超えて今回の震災のもたらした不安や動揺は人々の心に外側から無条件に入ってくる。それを止める手立てはないのだ。

震災直後、海外の友人とやりとりしていた時、こういった時できることは、“to be good citizens”(良い市民であること)、と言われた。
私もまた私らしく原始的だけど節電、粗食といったことをやりながら微力ながらも力になってきたつもりだけど、そろそろ曲がり角。私たちのあり方も曲がり角に来ているような気がします。良い市民である必要があるほど国や政府やメディア、及び我々この土地に住む人々は1つになって今回の困難に立ち向かおうとしているのかには疑問符がつきます。メディアに関しては、少し思ったのはメディアの責任にするのは簡単ですが、上に書いた被災地の取引先を恫喝する会社や社員が全員帰っても電気をつけっ放しにしている会社、被爆差別者、など、私たち一人一人の心の持ちようも問われているのも事実だと思います。

こうしたらいい!とか、みんなこうしよう!といったことはもう私には言えません。
ただただここ最近は今回の震災の人々の心に及ぼした影響についていろいろな形で聴いて、気落ちして、心配しているばかりです。
自分を追い詰めたり、無理をするくらいなら、ましてやそれで命を失ってしまうようならば、“good citizens”である必要もないし、それこそ私が散々多用している言葉を使えば、「外側の」人間になってしまえばいいのだ、と思います。そこにはその人の当事者性、及び感受性の問題でもあるので簡単ではないですが。何も頑張る必要なんてなにもない。
どんな形でもいいから生きていこう、生き延びよう、としか言えません。
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by kento_ogiwara | 2011-05-12 00:32 | BLOG;社会福祉士として | Comments(0)

鎌倉行ってきた

今のオレは弱り目に祟り目、鞭打たれる死者のようなもんさ、全てからばっくれて、ここではないどこかへ、なおかつどこでもないところへトンズラこいてやるバーカ、という心境に最終的に陥ってしまった。大阪に親友がいるので前日連絡したが、仕事などいろいろあって難しい(当たり前ですね)、韓国にでも行ってこようかとも思ったけど、こういう時って絶対楽しくならない、で、結局金がない。
のでカミサンと鎌倉行ってきました。
それも日帰りで。
安くすみました。

子供の頃に来たことあるけれど忘れてしまったので、さながら初めて行くような感じで鶴が丘八幡宮へ。
大銀杏が1,2年前強風で倒れた、というのは聞いていたが、そこんとこ実際どんな感じなのよ、と思って行ってみた。
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こんな感じになっていた。
この大銀杏の影に公暁が隠れて実朝を暗殺したことをカミサンに講釈した。また実朝の百人一首に入ってる歌、
世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱でかなしも
をそらんじて、歌の意味も講釈してやった。
いやあ、今回の震災もそうですけど、なかなか、世の中は常ならんもんですね。常ならんものだから実朝もこういう歌を目の前のあまたちの平和な光景を見ながら祈りを込めてこう歌ったのでしょうが。

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鎌倉来たのははっきり言って、コレを食うためです。
シラス。それも生シラス。
かつてやはりカミサンと江ノ島方面に行った時は秋だったため、生はオフシーズンで、釜揚げシラス丼を食ったのですが、そしてそれはとてもうまかったのです。が、今はちょうど生シラスは季節のはず。今度は生シラスを食ってみよう、と思ったのです。
旨かったです。
しょうゆと生姜で食べるのですが、ひとことで言って、アジのような青魚に似ています。結構しっかりした青魚の味がします。またこの店もそうですが江ノ島の隣りの腰越で今日上がったばかりの生シラスは新鮮で、眼もまだ黒々としています。よく、“オマエはもうまったく死んだ魚の眼をしているよ!!!”とか言うものですが、あの生シラスたちは死んでいましたが、とても生き生きとした眼をしていて、よっぽど最近の私のほうが死んだ魚の眼をしています。







さて生シラス丼を食ったところでもう大方満足してもうどうでもよくなったのですが、おそらく行ったことのない長谷寺に行ってみました。
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私のイメージでは、長谷寺と言えば紫陽花!!!だったのですが、時期が合わず紫陽花は咲いていませんでした。まあこうやって竹やら藤やらを始め、いろんな花が咲いていました。
高台にある長谷寺からは由比ガ浜がこんな感じに見えました。
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で、あ、海見たい、と思って由比ガ浜を目指すことにしました。しかし海を見るのを急いだため、長谷寺から目と鼻にある鎌倉大仏を見ないで戻る、というイージーなミスをしてしましました。まるでテレビ番組の“モヤモヤさま~ず”、長谷寺に行っても紫陽花が見れず、鎌倉大仏の前を通っても大仏は見ず、鎌倉行っても鎌倉っぽいものはNG、みたいな感じがそこはかとなくしました。


しかしおかげで、由比ガ浜にむかって歩いている途中に、とんでもなくデカイ肉を売っている店を見つけました!!!
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そんなこんなで由比ガ浜。
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こうやって波打ち際で足をつけながら、5分間ほど、ケータイに付いているムービーで足と寄せては引いていく波や砂をずっと撮ってみました。(ウチに帰ってみると5秒くらいしか撮れていませんでした。ITは嫌いです。)
しかし5分ずっと足元を見ながら思ったのですが、本当に海って、見ていると時が経つのがあっという間です。かつてインドネシアを旅していたときも甲板に出て海を見ていると3時間でも4時間でもあっという間に経ってしまいます。まああの旅では48時間海の上にいても全く退屈しなかったもんな。
まあそれはともかく5分間自分のこ汚い足を同一の姿勢で見続ける、というのは苦痛なようですが、こうやって波や砂、まあ平たく言うと海の中にいると5分もあっという間でした。私はこの海を見ていると時間が経つのがあっという間、というのを定理として名づけたいと思います。“海を見ているとなんだか時が経つのも忘れちゃうなあ~、の定理”です。

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由比ガ浜沿いのカリフォルニアにありそうなカフェ&バーでコーヒーとタバコで一服。
昔ロサンゼルスに行った時にマリブまで出てメシを食ったことがありますが、雰囲気がそんな感じの店でした。実際店もカリフォルニアを意識している感じでした。写真はただコーヒーを飲んでいるだけですが、かわゆく撮れているのでアップします。














さてさてもういい時間。晩飯くらい食って帰るか、といったところで鎌倉まで戻り、何となく見つけたパスタ屋、Le Shakaさんへ。何となく今度は、シラスのピザが食いたい、と思っていたところカミサンが偵察に行くと、オーブンを温めてから作るので15分くらいかかるけどいいか?ということだったので、いい、となって入った。ここはシラスのピザもさることながら、自家製生パスタが売りのようで雑誌のHANAKOとかでも掲載されたようだ。
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これはシラスのペペロンチーノ。ここでもシラス。意地でもシラス。
これも旨かったが、カミサンが頼んだ椎茸の入った和風パスタももの凄く旨かった。こちらは写真はないが、パスタが太い麺のいわゆるリングイネというもので、それはそれは旨かった。日頃から自分で作るときは具材は凝っても麺はコンビニとかで買ったりしたり、それこそ最近はコンビニで350g入り100円のパスタと2~3人前のレトルトの具材やはり100円を買って一気に作り、それを昼夜に分けて2食食いそれで1日の食事は全て、というような日々が当たり前に続いていたので、ここのこのリングイネは本当に旨かった!!!
ラーメン屋もパスタ屋も私もスープやあんには凝るけど、やはり麺の旨さだけでこんなに旨いのかっ!!!と驚愕の旨さ。幸せました。
今度職場の近くの生パスタ専門店で生パスタ買ってみようか、と一瞬思った。








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もちろんシラスのピザも旨かった。
案外シラスは万能の食材かもな。
もちろん生ビール2杯いかせて貰いましたが何か?
いいじゃないさ、たまには贅沢したくなるもんさ。ささやかなもんじゃないか。
















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オマケ。
昼間鶴が丘八幡宮で結婚式やっていた。
写真は若宮大路のつつじの並木道に消えていく新郎新婦。
もうグッドラックとしかいいようがないね。
頑張れ。















以上、毒づきまくりのGWを過ごすオギワラくんでした。
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by kento_ogiwara | 2011-05-07 16:57 | BLOG;その他 | Comments(0)