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東京から~東日本大震災レポートⅢ

サッカー日本代表とJリーグ選抜のチャリティ・マッチ、観ました。
カズ、凄かったですね。さすがキング。THE KING OF KINGS!!!
44歳で代表相手にゴール。それも全員に期待される中で(その時点でスターだが)見事に期待に応えてゴールしてしまうのですからホンモノのスターです。奇跡のようでもあり、夢のようでもあり、なんとも不思議な感じがしました。

地震から20日。現場ではずっと屋外活動は控えて、室内で利用者支援に当たっていました。それが昨日から外出もボチボチ始めていこう、ということになり、昨日有給だった私も久しぶりに利用者と近くの公園に行ってきました。公園は遊ぶ子供たちやその母親たち、時にはそのおじいちゃんなど、憩う人たちで一杯。
子供たちはそれぞれラジコンで遊んだり、サッカーボールを蹴ったり、ブランコに乗ったり、「あ、たんぽぽ!!!」と花を見つけて叫んだり、ああ、いつの世も子供って変わらないな、と思いました。お母さんたちはお母さんたちでベンチで座りながら、子供に「今○○ちゃんのお母さんがお昼買いに行っているから待ってて。」と言うと子供は「ぼくホットモットの唐揚げがいい!!!」とかやりとりしていて、その光景はいわゆるごく平穏な、ある意味「普遍的な」風景であり、ごくごく日常的で、今大災害が起こっていることなど忘れてしまいそうな風景でした。
実際職場と家を往復しているだけの生活をしていると、こういったごく普通の平穏があることを忘れてしまいそうな毎日だったけれど、こんな風に、確かに少しずつ日常は戻りつつある。私と言えば、そうだった、今は子供たちは春休みなんだ、とハタと気がつかされたり、毎日のスクランブルで忘れていたような平和な日常の感触や平穏を思い出しました。そんな今日の公園における春の子供たちが遊び、母親たちが憩う光景でした。

地震酔いについても同僚と話をしました。同僚も地震酔いでめまいがするらしいのだが、曰く、地震酔いは地震を体験した場所で起こるものらしい。例えば同僚は家で地震にあったのだが、家ではめまいなどするらしいが、職場にくると全くないらしい。私は職場で地震にあったが、確かに職場の周りの道や、現場の中でめまいを起すことが多い。というか実際、通勤していて職場の最寄りの駅の改札を出た途端、めまいが起こったことすらある。その一方で私の家を含む、それ以外の場所ではめまいは起したことは恐らくない。
・・・、けっこうPTSD的な感じもしますね。しかし、まあ私見を言えば、ただのめまい。高血圧なわけでも脳卒中になっているわけでもない。健康に害があるわけでもないのだから、気にしない、というのが一番いい対処法なのでは、と思います。ついでに気休めになるなら言うと車酔い用の酔い止め薬も効くそうです。
なんかメディアの記事とかを見てるといやに大袈裟な、やけに深刻な書き方をしてまたまた読者の不安を煽っているものが多いけど、まあ、ただのめまい、それも揺れによる酔いなので、そんなに不安になることはないと思います。実際私のめまいもだいぶ治まってきたし、陸に上がっても続くような船酔いだって、時間が経てば勝手に治ります。まああまり騒ぎ立てないことだと思います。

とはいえまだまだこれから。計画停電も少なくとも向こう1年は続くとか。今年の夏は冷房も扇風機もなしだな。でも春休みの公園はそうやって賑わってるし、忘れかけてた「日常」のにおいも少しずつ嗅ぎ取れるようになってきてる。こちらが落ち着けば何ができるのか考えられる日もいつか来るだろう。全体的な復興なんて語るのも虚しいほど先のことだろうけれどそれでももうそれは始まってる。春も来たのか、何より嬉しいことに温かくなってきた。少し、たとえ今までの「日常」とちょっぴり違っても、未来に希望が持てるようになってきているのかもしれない今日この頃です。
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by kento_ogiwara | 2011-03-29 23:43 | BLOG;社会福祉士として | Comments(0)

東京から~東日本大震災レポートⅡ

3月24日。地震発生から14日目。もう2週間がたった。
現場は先週とはたいぶ落ち着き、元気が出てきたように思う。
私としては今週春分の日にモスクワに駐在が決まってしまった盟友のドラマーを囲んでのジャムセッションを古くからの音楽仲間とやり、そのままその懐かしいメンツで飲んでとても楽しかったので全てストレスやいやなことが吹き飛んでリフレッシュできたからかも知れない。でもそれを差し引いても利用者たちは笑顔がだいぶ戻ってきたし、彼ら本来の明るさが戻ってきたような気がする。
私の現場はよくよく計画停電の対象になって、メインイベントの一つである昼食の時間帯が停電によってずれこんだり、だいぶ日が傾いてから活動中に停電になって突然電気が消えたりしたけれど、大きな混乱を利用者が持つこともなく、みんなよく落ち着きを取り戻している。中には今も続く余震があると頭を隠したりして身を守る利用者もいたりで立派なものだ。
余震は執拗に続いている。これのせいで私はめまいをよく起こすようになってしまった。昨日の朝も大きな余震で目を覚ましたが、そんなこともあってかめまいがするなあ、と思って、昨日職場で「最近歳のせいかめまいか余震かわからなくなってきた。」と同僚に言うと、別の同僚もずっと車に酔っているみたいな感じがする、と応えた。なんでも同僚の言うには、「地震酔い」というものもあるらしく、正直私を含め多くが3月11日の大きな揺れで酔ったような感じがしたようだし、それに加えてこの執拗な余震。まるで陸に上がっても続く船酔いのように酔ったかのようなめまいが最近よく起こる。でもそれも自分だけではないのか、と思って変な安心をしたりしている。今日も利用者と外を歩行中、足を踏み外しそうになるような揺れを感じて、地震かな、と思って現場に戻り、同僚にさっき地震があったか訊くと、ない、という。ただの強いめまいだったようだ。余震といえば昨夜は福岡でも地震があったとか。今原発事故の影響を恐れて西日本の身寄りあるところに一時移住している人が多いが、福岡でも地震があったとなるともう日本中どこへ行っても地震の影響から逃れることはできなさそうです。海外移住をほのめかして笑っている人もいる。わたしとしては、もうこうなったら死んでも東京を離れない、という変な覚悟みたいのものを感じたりしている。
めまいのほかにお腹の調子も悪くて下痢が続いている。これは全く間抜けな理由なのだが、昨日の朝、コンビニで飲むヨーグルトを買って飲んだのだが、一口飲んで、ん?固い。まるで食べるヨーグルト、と思って、ホントに飲むヨーグルトだよな、と思って思わずラベルを2度見してしまった。しかししっかり、飲むヨーグルト、と書いてあるし、味はおかしくない(ような気がした)し、喉が渇いていたのでそのままストローで強引に吸いだして飲んでしまった。・・・で、あたったのね。今計画停電でコンビニだろうがなんだろうが電気は止まるので、このヨーグルトも暫く何度か常温保存を経て発酵がさらにすすんで少し腐っていたのでしょう。みなさまもこの状況なので乳製品の保存状態には気をつけましょう。
さらに昨日父親からメール。なんでも水を買っておけ、と。仕事中だったし、話が見えなかったのだが、姉とその小さな子、赤ん坊が住む三鷹の水道水から放射能が検出されたらしい。妻が対応して2000円分位の飲み物を買って夕方姉がそれを取りに来たりしていた。この23区や三鷹・武蔵野などの水道水からの放射能の問題はもうだいぶ収束に向かっているらしい。まあしかし赤ん坊を持った母親の取る行動というのは私や妻のようなお気軽な世帯の人のそれとは違って慎重だな、と思います。姉だけでなく私の周りの母親たちも慎重な行動を取る人が多いように思われます。
水道水といえば私の現場のある町の団地に住む学生時代の友人に今日帰り道であったのだけど、団地では水道がやはり全く出ないらしく困っているようだった。そこも3才くらいの小さな子供がいるのだが、トイレに子供が行こうとすると、「今ダメー!」とか行っているようだ。確かに水は一番の生活の基本、水が使えない生活は相当厳しいと思います。私は早めの時間の電車で帰りたかったのだが、友人はそんなそぶりもお構いもなく、今回の地震のことやその後の生活の異変からくる不便のことをマシンガンのように話し続けた。きっと不安だったんだと思う。ましてや小さな子を連れて、水も使えず、停電もいつ終わるとも知れず。途中でそのことに気がついて早めの電車はあきらめてしばらく話を聴いた。
今回の地震発生から2週間、だいぶ人々は落ち着きを取り戻しているようだが、一方で今回の地震はだいぶ人々に対して精神的疲労をもたらしている。その精神的疲労が時とともにたまってきている人も大勢いるように思える。私は例えばインドネシア辺境を2ヶ月位放浪したり、その後も妻を伴なって村全体が自家発電で18時以降しか電気がつかないようなところで滞在を楽しんだ経験もある。トイレもインドネシアでは紙は使わないで水と手によるフィンガーウォシュレットだ。私たちはこれを気に入っているし、この間現場で停電中に便所が流れない時に大便をしたけれど、電気もなく汲み置きの水のあるトイレで妙な懐かしさを感じたと思ったが、それはインドネシアでの雰囲気とその停電中のトイレがどこか似ていたからだと思う。とはいえ、日常は旅情とは違う。まだ文明を離れた辺境での生活を経験したことのある私や妻は例えばトイレットペーパーがないならないで特に不便もなくすむだろう。しかしやはり普段の日常と異なる生活を続けていくのは恐らく精神的疲労を伴なうし、問題はこの状況がいつまで続くのか見えないことだ。人間、期限が見えていることには案外我慢できるものだが、期限のないことをずっと期限のわからないまま我慢するのは別物、とても大変なことになりがちだ。ただ残念ながらどうやら事態がもう収束する、ということはまだまだないようだ。地震発生まもなく感じたこれは1~2週間でおさまる状況ではない、という予感は悲しいまでに当たって、確かに2週間経ってもおさまらず、あるいはもっともっと長期化する、という状況が見えてきた。まだまだこのスクランブルは続く。先が見えないほど長期的なスクランブルになるのだろう。
ただ希望的なことも書いておくと、実際人々は落ち着いてきているし、不便とはいえ日常感覚を取り戻しつつあるのも事実。テレビでも娯楽番組も当たり前のようにやり始めたようだし、週刊誌たちも中吊りを見る限り日頃からの軽薄さが戻ってきた(もちろんこんな時くらいはみんなが手に手を取りあって頑張れるような記事を書こうよ、とは思うけどね。相かわずの悪意と憎悪と分裂を煽る記事ばかりで。ホントにしょうがないけれど、ま、日本の風土というか、そんなことまたやってられる余裕が出てきたのではないですか?という感じだ。)。地震のこと以外のニュースもどんどん出てくるようになったし、地震発生後一時期の、そして誰もいなくなった、みんなどこにいったんだ?的な状況ではなくなってきた。多くの人が助けてくれているし、例えばサッカー好きの私にとって代表がしてくれること全て有難いし、バレンシアの選手がカタカナでユニフォームを着て試合をしてくれていること、インテル・ミラノ、バイエルン・ミュンヘンなどのビッグクラブが慈善試合を考えてくれていること、果ては世界王者スペインさえもが慈善試合をしに来日してくれる意向をしめしてくれていること(シャビとかイニエスタとかホントに来ちゃうの!?)などにこころからうれしいし、感謝の気持ちで一杯だ。インテル・ミラノに所属する長友をスナイデルやエトオといった日本とも対戦経験のあるビッグネームが気遣ってくれていることもとても嬉しい。また足元でも同僚の中学生の子供が早くもボランティアで救援物資の仕分けに精を出していたり、仙台空港で早くも復旧に向けて作業が行われ始めていたり、エネルギッシュで頼もしい、明るいニュースも多い。
私はと言えば、まだ仕事をすること、今のスクランブル生活にそれぞれトラブル・シューティングしながらしのいで頑張っていくこと以外に何か特別なことができるかというと正直難しいけれど、なんとかボチボチやっていければ、と思っています。疲れたときはしっかり休んで、そしてうまく発散しながらね。
引き続き、事態を見守っていきたいと思います。
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by kento_ogiwara | 2011-03-24 23:48 | BLOG;社会福祉士として | Comments(0)

東京から~東日本大震災レポートⅠ

3月12日

地震から1日。
私のところは無事でしたが、さすがにこれは無視できないことが起こっているなと思います。とりあえず昨日はガスが止まっているので歩いていける実家にフロを借りに行きました。後は電気をいつも以上に節約したりはしていますが、何をしたら良いのかまだわかりません。
地震当日は仕事で現場にいましたが何とか利用者に怪我が出ないように努めました。何とか全ての利用者を怪我なく送り返すことが出来て良かったと思いました。またエレベーターが止まったので何人かの車椅子を階段で下ろすのを手伝ったりしました。東京での震度は5強だったのこと。経験したことのない様な揺れでした。
まだ今日になっても比較的大きな余震が続いているので明日の出勤、および出勤した場合の状況はわかりませんが、努めて平静・冷静に動けたらと思いますが、こういったことが起こると日頃の何事もない日常がいかにありがたいものか痛感させられます。
みなさんの無事を祈っています。

3月13日

とりあえず職場からは何の連絡もないし、明日も普通に出社すると思う。
一方で私の住んでいるところでも大停電を予防するための措置として3時間ほどの停電を地域ごとに分担しながら実施していくこととなった。さらに今後もマグニチュード7以上の大余震が起こる可能性は70パーセント以上とのこと。
何か日常の想定を超えたことがあるものと思って出社して仕事しないといけないようだ。
金曜日の地震の時思ったのは、利用者を守ることは前提として、どこまでが緊急事態、非常事態としてスクランブルとして、日常業務を果たしていくのか、どこまでが日常業務だとしてもそこは状況に鑑みてオミットしていくのか判別が難しかったことだ。ヘタにスクランブルとして日常性を失ってしまうと利用者に混乱と不安を起こすことになりうるし、かといって日常業務にこだわって利用者の安全が置き去りにされるようなことがあればそれは本末転倒だ。
難しい問題ですね。
私も土日と休日を過ごして思ったのは、ウチでもテレビやオーディオ・コンポが落ちたり、CDが大量に散乱したり、ガスが止まったりはしたものの、特に日常での不便を感ずるものではないし、明日からの停電もなんの苦労ではない。こういうときこそ日常を保って、という考えがあるように思える一方で、いやいや、コレは気にしないで済むものでもないぞ、という考え、及び現実(明日の停電や大余震の可能性含め)もある。
とりあえず冷静にトラブル・シューティングしていく心構えは必要だと思う。もちろん私が働くところが組織である以上チームワークは必要。私たちは利用者を守る責任があるわけだし。
とりあえずまだ災害は終わっていないように思えるので仕事をしながら事態の推移を見守ることしかできない状況です。

3月14日(心配のメールをくれた友人への返信)

地震発生から3日か。
今のところ私の家族や友人、職場の利用者・同僚など、みんな元気だよ。
ウチはガスが止まって近くの両親の家にフロを借りに行ったりしたけどそんなもんで済んでいる。家ではテレビやオーディオ・コンポが落っこったりCDが散乱したりした程度。まあ東京でもかなり揺れたけどね。震度5強だそうだ。
今日からまた出社だったけど京王線で分倍河原まで行って南武線に乗り換えようとしたら終日運休で仕方なく1時間以上歩いて現場に行ったり、18時以降は京王線が計画停電のため運休になったので職場をちょっと早めに早退していつもと違うルートで帰ったり、そんな感じ。
まだ揺れがちょくちょくあるし、恐らく大停電も含め電気の供給が滞ることが想定されるけどまあしょうがない。これは長丁場になりそうだし、しばらくはこんな感じで過ごさないといけないだろう。どっしり構えた方がよさそうだ。
東京でも海沿いでは水道が出なくなったり地面から水がしみ出てきたりもしているようだ。
今はコンビニに行ってもみな備えているのか食べ物が全然ない。食品棚がスッカスカ。まあまあ東京付近が日常を取り戻すのには相当な時間がかかるだろうね。1週間や2週間ではこの混乱は終わらないような。
もちろん東北地方の被害は報道されるのを見るのだけでも悲惨極まりない。しかし今は明日の電車がどうなるのかもわからない状況、その中でも日々働いていかないといけないから、余震や停電の備えもアタマの隅っこに置きながらなんとか努めて平静に生活していこうというところで精一杯かな。まあ正直強がりたいところだけどこういうのも若干疲れるよ。明日の出勤がどうなるのかもわからない、明日の家での時間がどうなるのかもわからないで対処に追われるってのはね。
ま、努めてゆったり構えて、まだまだこれからの事態の推移を見守っていく、って感じかな。まあ災害がじかに自分の生活に影響を及ぼしたのは初めての経験かも知れないね。

3月17日

さすがに周囲にも疲れが出ている人が出てきている。昨夜も静岡震源マグニチュード6位の地震があって私が住んでいるところも揺れたし、今日は現場で昼休み中に今度は千葉震源でマグニチュード5位の地震があり揺れた。もう余震の数は数え切れないくらいだし、ある意味慣れてきてしまった。それでも周りの人同様、私も疲れているかもしれないし、食べれる時に食べ、寝れる時に寝るようにはしたい。
京王線はそれまでの調布駅以西の路線全て運休が終わり、昨日の夕方から全線通常ダイヤで終日運行。南武線も本数は減らすとはあったが運行していて、通勤の障害はなくなった。
疲れてきてはいるが、少しずつ日常に戻っていっているような気もする。母親もかなり混乱していて緊張して疲弊していたようだが、今日は“もうハラくくった。一喜一憂していてもしょうがない”と言って近くにテニスに行ったようだ。
地震後の最初の月曜の通勤アワーは確かにちょっとしたパニック状態だったのは否めないけど、まあそれも仕方ない。想像を絶する天災が起きたのだから。平穏を保つのは無理だった。鉄道会社も、電力会社も、その他、私たち人々も。
とはいえまだまだ長丁場、日常が平穏を取り戻すまでにはまだまだかかるだろう。現に今日はスムーズに会社から帰宅したとはいえ、車窓から見ると調布駅北口はパルコもフレッシュネス・バーガーも全て停電で閉店、唯一の灯りは三井住友銀行のATMコーナーにわずかに光りが灯っていた程度。
とはいえ私のウチはとりあえず米も買ったし一安心。
こんな時だから、というわけではないけれど、ピアノの練習は毎日続けています。ハノンの1番~20番までと、32番~35番の親指を他の指にくぐらせるもの、師匠からもらった3連譜のスケール練習7種類。
それに余力(時間)があればエリントンから“Day Dream”と“in a sentimental mood”、それに自作の“Ellington's Mood”も弾いている。これらは月末辺りにテナー・サックスのいとーさんとのデュオでのレコーディングを予定している。それを目指すことでモーティヴェーションを保てている感じです。それがなくても基礎練だけでこのような状況でも自分の中に芯のようなものができて日々を生活していくうえで支えにもなっているのですが。
とりあえずそんな感じです。
まだまだ先は長い、想像もできない程長いでしょうが、私もじたばたせず、静かに事態の推移を見守っていきたいと思います。

3月20日

徐々に地震以外のニュースも入るようになってきた。
と、そこにはリビアと米英の交戦のニュースが。ミサイル110発発射。 こんなに必死に生きようとして頑張っている時に殺し合いのニュース。子供のとき戦争の存在を初めて知った私は戦争はいやだ!叫んでいたらしいことが母の手記に書いてあるけれど、そのことを思い出しました。世論というものは何事も喉もと過ぎれば・・・、なのは予期していたけど、やはりこんなものなのでしょうか?
今も人が死に行方がわからず、避難所で極限状態で過ごしている、誰もが限界を訴えていて疲弊している。そんな中人を無差別に殺すミサイル攻撃のニュースなんて聞きたくないし正直理解を超えます。
何度も言っているが我々日本に住む人々が大変なのは今と、そしてこれからです。そしてこれからについてはまだまだ途方もない時間がかかるだろう。まだ救助を待っている人もいるし、避難所で過ごす人々も大変だ。今日は妻がさいたまに集団避難に来た人々のために物資を届けに行った。
停電は我が家ではなぜか全くないが職場では木曜日は利用者が帰った後停電、薄明かりの中で職員のみによるミーティング。帰る時には道路の信号も全部消えていてなかなか異様な光景だった。金曜日も停電、それも利用者のいる時間にまとまった時間で停電になり、現場は自然光の中での活動となった。利用者の中にも相当疲れを見せている人々もいる。職員もいつもと違うスクランブル体勢の毎日にホトホト疲れた。
復興という言葉が夢のまた夢に思える。まだ復興に動けるような状況にあるとは思えない。とにかく一日一日をしのいでいかなければ。東北沿岸の惨状を見るに、これで復興なんてできるのか、という壊滅ぶりでもあるし、まだ行方不明の人々の捜索も続いている。
と、少しイライラした感じの文章になってしまったが、こういうときはイライラするのが一番よくない。何よりも自分自身を疲れさせる。たまたま日本は三連休だし、ゆっくり休める。暖房もいらない。なかなかの春らしい陽気の東京だ。電気はほとんど使わなくても冬用のダウンジャケットを着ていれば温かい。食料も昨日今日とパスタをゆでて、たまたまウチに残ってたソーセージと鷹の爪でペペロンチーノを作って食べた。西日本の親戚から食料品の届け物もあった。どうやって必要な人のところに必要なものを届けられるかは一つの問題だけど、この国に食料がないわけではない。
週が明けても計画停電の予定がもう入っている。現場はまた停電によるスクランブル体勢となる。利用者も疲れるだろうし、職員も少なからず疲れる。まだまだ長期戦だ。大変なのはこれから。どれだけこういった状況でも人間らしく振舞えるか、私たちは問われているのかもしれない。それに確実にまだまだこれから、場所によっては時間が経てば経つほど厳しい状況、状態となる。
私は何も言えないけれど、少なくとも東京に住む家族や友人たちには、うまく気晴らしをして精神的な疲労を溜めないようにアドバイスしている。私の周りの人々は想像以上に疲弊している。これを書いている今も揺れた。余震は相変わらず続いている。もう私も揺れてもめまいなのか自分の心臓の鼓動なのか余震なのかわからなくなるくらいになった。
なにはともあれ私には仕事がある。現場の利用者は私を必要としている。うまく疲れをとってストレスも発散できるだけして、これからの長丁場を頑張っていかないと。もちろん事態は刻一刻と変化しているし、これからまだ何かあるのかは全くわからない。
引き続き努めて冷静に事態を見守っていきたいと思います。
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by kento_ogiwara | 2011-03-20 11:09 | BLOG;社会福祉士として | Comments(0)

オランダ・フランス旅行回想録~オランダ料理

さてオランダ料理とは何でしょう?
オランダ人の友人Pが一番食べて落ち着くものはジャガイモだと言っていたことを知っていたので、だいたいの想像はついたのです。私がかつて留学したドイツでもジャガイモは主要な食べ物、かつて17世紀に30年戦争の戦場になってしまったドイツは人口の多くの割合を失い、貧しい人々はジャガイモを食べて飢えをしのいでいたと聞いていますが、その伝統からか、ドイツ料理と言ってもソーセージや酢キャベツなどの保存食的なもの、ジャガイモのスープ(カルトーフェルン・ズッペ)ぐらいしかパッと思い出せません。基本的に食にこだわらない、食えればいい、というのが根本にあると思います。でもその実そんな食えればいいじゃん、的なドイツの食べ物が大味だけど、妙に素朴なおいしさがあって好きだなあ、とかねがね思っていました。
オランダも食にたいするこだわり度は低いようです。でもやっぱり想像したとおり、おいしいものはやっぱり想像したとおりのおいしさのものが沢山ありました。それこそ、素朴なおいしさ、ドイツで感じたおいしさに通じるようなおいしさでした。
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これはオランダの典型的な朝食。
このパンはドイツのブロートヒェンに似てますね。因みにブロートヒェンはドイツで何か食べるとだいたい付いてくる小型のパンのことでこれがまたうまいんですよ~。そしてハムとチーズ。スーパーマーケットにも行ったけれどやはりハムとチーズの種類はそれは日本とは比較にならないほど多かったです。チーズはPによるとゴーダのものだと。トム&ジェリーに出てきそうな穴ポコがかわいいですね。ゴーダはオランダの町。他にもエダムとかチーズの盛んな町は多いみたいです。
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これは「オランダ料理が食いたい!」という私の要望に友人Sが作ってくれたOMAスープ。OMA(オーマ)はおばあちゃんの意味、ドイツ語と全く同じですね。色々な野菜に肉団子が入っていて素朴でほっこりする味です。
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これも友人Sの作ってくれたもので、ケール(キャベツや白菜のような類いの野菜で青汁の原料にもなっているらしい)とジャガイモをミルクなどの乳製品でピューレ状にしたもの。コレをソーセージと一緒に食べる。鍋いっぱいのピューレにソーセージを乗せたのはSの相方のP。その豪快(というか無頓着)さにSが“もう少し見映えとか盛り付けとか考えろよなあ”的にちょっと首を傾げていたのが印象的でした。これもすごくおいしい。素朴なおいしさ。そして・・・、ビールが合う。Pはサッポロ・ビールを飲んでいたけど、私はオランダ特産の白ビールをこれと一緒にがばがば飲みました。
ごちそうさま、S。

前もってオランダ料理で食いたいなあ、と思っていたのはクロケット。音的にもすでにコロッケなのですが、これをオランダでは自販機で売っている、と聞き、オランダに行ったら自販機でクロケットを食べる、ということを絶対しよう、と思っていました。Sの住んでいるハーレムからアムステルダムへ30分程かけて出て中央駅前で早速発見、食うべし!
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美味しかったなあ~。帰国してからもクロケット食べたいなあ・・・とよく思います。コロッケと違うのは中のジャガイモがもっとゆるくて、ブイヨンでかなり柔らかくしてあります。そこに挽き肉がチョコチョコっとアクセント的に入ってます。中のジャガイモがゆるいので、揚げるときにこぼれないためか、衣はけっこうぶ厚くてクリスピー、サクサクしてます。オランダ料理の食べ収めの帰りの空港でクロケットのことが“~filled with beef stew”と書いてあったのですが、それ位確かにゆるいジャガイモのあんです(因みに私はその時クロケットとは別に何かビーフ・シチューみたいなものが来るのかと思っていたらそう意味ではなくて、でも私の間違いに理解もできるところもあったらしいPは苦笑いしていました)。
クロケットの小さい版、ビタバレンもおいしかった。Sとハーレムのグランカフェ(酒も飲める簡単な食事もとれる喫茶店みたいなもの)に行った時食べたが、始めにコーヒーを頼んでしまったのを後悔しました。マスタードのようなものをつけて食べるビタバレンはもうサイコーのビールのつまみ、といえる味。オランダでは結婚式の時などに最初と最後に出るそうな。
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そしてオランダ料理の定番と言えばパンネクック。その名の通りフライパン一つで作れてしまうのが特徴のオランダ版ホットケーキ(!?。フランスにおけるクレープ!?)のようなもの。
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ハムとチーズでもいいし、カミサンはSにそれ+チョコ&バナナとリンゴに粉砂糖をかけたものを作ってもらって食べたそうだ。ぶっちゃけトマトとチーズでピザ風にして食べてもいいし、好きなように食べていいようだ。見掛けによらず、つるっと食べれてしまうもので、私も好きなトッピングで3枚くらいはペロッといけてしまいます。

さらに!今回は2月の旅行、ということで是非食べたいものがありました。それがムール貝。ちょうどシーズンだからこれをバケツ一杯食ってやろう!!!と意気込んでの旅行でもありました。そして、やりました。やってやりました。ハーレム中心地、聖バフォ教会(ここのパイプオルガンはモーツァルトも弾いたことがあるらしい)の前の店に総勢6名で入り、頼んでやりました。
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来たー!
これは一番クラシックな食べ方。野菜などからベースをとったスープに豪快にムール貝をこんだけ大量に入れ、食べる時は一度中身を食べた貝をトング代わりにして別の貝の身を食べるのに使う。ええ満喫しました。
しかし!!!
ここで私は始めてオランダ料理に批判的なことを言おうと思います!!!!!
実はこれ、マヨネーズと一緒にサーブされるのですね。そして野菜などからベースをとっても、一緒に煮込むとムール貝の旨みも全て煮汁に出ていってしまう訳です。いわば、出がらしになったムール貝、しかもそれにマヨネーズをつけてしまうと、もうそれはマヨネーズの味しかしないわけです。マヨネーズをつけないで食べてみるとそれなりにおいしいけれど今ひとつ物足りない。ので煮汁を飲んでみるとやはりいい味が出ています。貝から出た海水のようなしょっぱさもなかなか野趣溢れていい感じです。こ、このスープを使ってなんか食べていこうよ、と思いますが、この煮汁はもう用済みで捨てられてしまう運命。むむむ・・・。
ドイツでも15年以上前からマヨネーズ人気の上昇がひしひしと感じられてソーセージ・スタンドなどでも若者が“mit Mayo!”(マヨネーズつけて!)と言っているところに出くわしたこともありますが、オランダでもこれは・・・、と思いました。折角の季節の海の幸が勿体ない、と思うのは、ぶっちゃけ日本でもけっこうマヨラーな私でもしょうがないですよね。
実はこのムール貝の食べ方に思っていたこと、SやPには黙っていました。せっかくご馳走になって楽しい席だったし・・・。ゴメン!来週会う時改めて告白する。
でも綺麗さっぱりバケツ一杯食べてとってもうれしかったですよ。目的は果たした、ムール貝バケツ一杯、食ってやった!っていう感じです。空っぽのバケツを手に満足な私の写真も撮りました。ちょっと友人の顔とか入ってるんで貼るのはやめますが。

そんなこんなでオランダ料理、いかがでしたか?
もう少し温かくなるとニシンが出てきてそのまま生でマルっと一口で食べるハーリングという食べ物もあるし、チーズの古いものでマスタードと一緒に食べたのも美味しかったし、NORDSEE(北海)のシュリンプも見かけはシュリンプと言ってもまだまだ小さくてゴカイのようなもので若干生臭さもあるのをトマトやサワーソース、チーズとパンとかと食べたのもおいしかった。
いろいろ突っ込みどころ満載かもしれないですし、別に気取った料理ではないですが、オランダ料理、いいと思います。
S&P、本当にありがとうね&ご馳走様!!!!!

オマケ。
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アムステルダムでお菓子屋さんの窓。
かなり・・・デカイ。オランダでの家庭の味、アップルタルトも食べたけど、かなーり食べ応えありました。もう一切れでパンパンに満腹になります。
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by kento_ogiwara | 2011-03-08 23:56 | BLOG;その他 | Comments(0)