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介護福祉士国家試験を受けてきました。

今日、介護福祉士の国家試験を受けてきました。
それで本ブログ(2010年9月の記事“雑記;主に構音障害について”)で話題にした高次脳機能障害と構音障害の関係に関する問題が出てきました。是非この2010年9月の記事を読んでから以下をお読み下さい。

自己採点の結果、誤答しました。
国家試験では構音障害は高次脳機能障害の症状ではない、という驚きの結果!!!思わずウィキペディアでも失語症と構音障害の関係を調べると、

「失語症」は高次脳機能障害のひとつ。 「聞く」「話す」「読む」「書く」全てのモダリティが障害される。よって、構音器官の麻痺などによる運動機能障害、先天的な構音器官の奇形などによる器質性障害など所謂「構音障害」とは異なる。

となっており構音障害とは器質的なものに限定されており、失語症(当然ブローカ失語=運動性失語含む)ではなく、もとい高次脳機能障害ではない、ということになる。

一体何が本当なのやら・・・。

因みに正答は注意障害。もちろんこれも高次脳機能障害だということはわかっていてどっちにしようか迷いましたが、こうやってブログで記事にまでして勉強したことだから意地になって構音障害にしました。
・・・まあいいや。国家試験なんてこんなものね。

因みに今年の国家試験は悪問が多かったのか、解答速報でも未だ120問中15問が精査中で解答が出ておりません。頼むよなあ・・・。ま、とりあえずその15問を除いても82点で目安の6割の72点を大きく上回っているので合格は間違いないと思います。ほっ。
(その後1日経って解答が出揃い採点しなおすと93点でした。とりあえず点数的には充分。あとはマークミスとか名前書き忘れとかなければ・・・。)

しかし、改めて臨床家としての感覚や具体性と、このような学問としての福祉の間にある乖離を感じたり、あるいは、この構音障害の例のように、この国家試験という世界における認識に自己の認識を臨床における実感を無視してすり合わせていかないといけない場面に出くわしたりで、・・・、とりあえずもうこの試験は受けたくない、と思いました。
まあマークミスなどなければ合格だと思うのでなんとかまたこの試験を受ける、という事態は回避できたと思いますが・・・、というか、思いたい!!!
頼む!!!受かっていてくれ!!!
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by kento_ogiwara | 2011-01-30 22:15 | BLOG;社会福祉士として | Comments(3)

話題がないのだが・・・

しいてあげれば昨日誕生日で35歳になった。
もう完全におっさんですな。

這いつくばってケーキを食うおっさん。
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もうなりふりかまわず這いつくばってやっていかないといかんですな。

姉がお祝いメールをくれ、そこには姪の描いたアンパンマンの写真が添付されていた。
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とてもいやいやな、オトナの事情に巻き込まれて付き合わされている感に満ち満ちた一枚ですな。

月末までちょっとバタバタしますが2月の最初の週末から9日ほどオランダに行ってくるのでそれまではとにかく混迷を極め、かくしてオランダで気分を変えてガラッとリフレッシュしようと思います。
待っていてハーレムのすなさん、自販機でクロケット買って食いたい。
P.S.貴女の家のお庭はとっても素敵ね。
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by kento_ogiwara | 2011-01-23 18:41 | BLOG;その他 | Comments(2)

バングラディシュの家族

先日、縁ある日本在住のバングラディシュ人の家族を訪れて、カレーなどの手料理をたんまりご馳走になってきた。
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写真のとおり、手で食べた。右手。左手は不浄の手なので口に入れる時は使わない。でもたとえば器を支えたり、鶏肉の骨にかぶりつく時支えたり、そういう時は使ってもよくて、一切左手は使ってはいけない、というわけではないそうだ。しかし久しぶりに手で食べたが、やり方をすっかり忘れていて苦労したな。まず米とかカレーなどのおかずを皿の上で一つかみ分を軽く山のようにまとめて、人差し指・中指・薬指あたりでとって口に運び、乗っているご飯を親指で爪側から外に押し出すようにして口に入れる。前にもこの家族には何度かご馳走になっており、その時も手で食べ、食べ方も聞いていたがすっかり忘れていた。
鶏肉、私の好きなダール(豆)、牛肉、エビ、ピーマンと茄子の野菜などのカレーをバターと月桂樹の葉を入れて炊いたインディカ米で食す。うんま~い!!!

今更ながら友人に、バングラディシュでの“こんにちは”ってなんだったっけ?と訊く。“ナマステ”はおそらくヒンドゥー語だしなあ、ベンガル語ではなんだったっけ?と思ったわけさ。返ってきた言葉は“アッサラーム・アライクム”、ってそれアラビア語じゃん!?と思ったけど今更ながらバングラディシュはイスラム教国だし、実際いつも友人がイスラム教徒としては割りとマジメな方で酒もやらなければ豚肉も絶対食わないこと、しかし友人の兄貴はエキセントリックな人で酒もタバコもなんでもアリなことなどを話題にしていたことを思い出した。
でもこの香ばしいカレーの香り、家族たちの交わすベンガル語の会話などを聞いていると、どうにもそこがインドっぽくは思えても、イスラム圏とは思えないんだよね。散々友人のイスラムに対するマジメさを話題にしているにもかかわらず。
でも実際イスラム圏ではあいさつの言葉はそこがパキスタンであってもガザであってもバングラディシュであってもアラビア語である“アッサラーム・アライクム”なのは事実、今更ながら、そ、そう、なんだよな~、と思った。(私のよく訪れるインドネシアはイスラムだけどインドネシア語であいさつするし、例外もたくさんあるんだろうけどね。)

友人と、前回会った後、2007年にはパキスタンを旅行したことを少し話した。
現在のパキスタンとバングラディシュの関係についてはこの記事を読んでいる人にも知っておいてもらいたい、とは思いますがとりあえず割愛。友人の言葉の中にはバングラディシュ人としてパキスタンに対する複雑な感情も込められていることを考慮に入れて読んでみてください。

友“2007年のパキスタンは危なくなかった?”
私“んー、今みたくなるギリギリ前くらいの感じ。今はもう行けないと思うけど。”
友“今はもう無理ね。信じられないよ、モスクの中で爆弾を作ってる。モスクはお祈りをするところでしょ!”

2001年9月11日を境として、世界に大きな一つのフィクションがでっちあげられ、いまもそれが何よりも人々の心を蝕んでいった。イスラム教徒やアラブ圏の人を見るだけで“テロリスト”と結びつける非常にお粗末な発想、“テロとの戦い”という全く中身のない言葉をスローガンに他者の国土に戦争をしかけ人々を殺傷していく現実及びそのことが何の疑問も呈せられずに正当化され続いている現在。
でもね、
私、少し友人の言葉を聴いてハッとしたんだ。
私は怒りに我を忘れてアメリカ・日本・国連などの侵略者たちを攻撃する一方で、攻撃にさらされている“イスラム”全てを肯定していたのではないか、と。
暴力は認められない。もちろん戦争・戦争攻撃などは暴力の最たる例だけど、モスクの中で爆弾を作っているテロリストたちも暴力であり、それは友人のような同じイスラム教徒からみても到底許されることではないのだ。
私は散々“テロとの戦い”を謳う侵略者たちを憎みながら、その憎しみの中で私自身も侵略者たちのでっちあげた構図にまんまと乗っかってしまっていたのだ。侵略者たちを非難しながら、その侵略者たちと同じ原理で人々を批判・非難・攻撃(暴力ではないにせよ)していたのだ。

いかなる場合でも暴力は肯定されえないこと、そしてイスラム教徒とはモスクでお祈りをする人々のことでモスクで爆弾を作る人ではないことを思いださせてくれた友人の一言だった。

あまりにも日々の中で“イスラム教徒”あるいは“アラブ”がもっぱら“テロリスト”として偏見されているところに出くわすことがやたら多かったり、戦争を始めたジョージ・W・ブッシュ前アメリカ大統領の“我々につくか、敵につくか”という二元論的な言葉を地で行くかのような情勢があったりで、なかなか気がつくとそういった発想そのものから(反発しているとしてもそれは)自由にはなれていない今日この頃だったけど、友人のさり気ない一言は久々にそんな自分を外側から見させてくれました。

別に私たちは友人がバングラディシュ人だから、イスラム教徒だから親しくしているわけではないのでこういった話は殆どしなかったですし、食事を一緒にしている間に久々に会ったよそよそしさもほぐれていつものようにごく普通に親しく話しました。
人が人と仲良くなるって簡単だな。たとえそれがバングラディシュ人であろうとイスラム教徒であろうとキリスト教徒だろうと、そういうのってきっと関係ないんだろうな。

最後にチャイを入れてもらっておいしく飲みました。
紅茶はバングラディシュはよくとれるとのこと、あとはスリランカが多い、って言ってたな。とは言ってもこの日入れてくれたのは日本の紅茶。ただしミルクで煮出すことでチャイのようにして飲むことができる。
本当にご馳走様、友人。

P.S. この日は友人の5歳の娘のアルミナちゃんが玄関まで迎えにきてくれたり、いろいろお話してくれたり楽しませてもらいました。写真も撮って、これまたアルミナちゃん、だてにアーリア系ではないのか目がパチクリのとてもかわいい子なのですが人の子なので写真をここに貼るのはやめておきます。皆さん中央アジアによくいるアーリア系の目ん玉大きいキレイな顔立ちのかわいらしい子供を思い浮かべてください。
だいたいそんな顔です。
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by kento_ogiwara | 2011-01-11 01:22 | BLOG;社会福祉士として | Comments(0)

今年の抱負

明けましておめでとうございます。
今年の書初めとして書き込みさせていただきたいと思います。

・省エネ
・しないで済むことはしない
・飲んでも飲まれない

かな、今年は。

努めて平静さと明晰さを保ってうまく自分の道を行ければ、と思います。

あ、仕事とか生活上必要なことはもちろん引き続き頑張って行きますが。念のため。
まあ周囲に翻弄されないようないい自信、自尊心を持って日々過ごしていければ、と思います。
もちろん仕事、ピアノは謙虚さを忘れずに常に地に足をつけて、これまで通りやっていければ。
淡々とね。

そんなとこかな。

みなさまも良い1年を。
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by kento_ogiwara | 2011-01-01 14:14 | BLOG;その他 | Comments(2)