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都心にて~ゴッホ展を見る

国立にある職場で働くようになって国立に住む地域の人々と知り合うようになって、都心、という言葉が新しい意味で使われているようになった。
それまでは東京でも特に東京駅周辺、皇居周辺あたりをいわゆる都心、と思っていたが、郊外である国立に住む人々は都心、と言うときにどうやらほとんど山手線沿線、あるいは下手すりゃ23区なら全て都心、と言いそうな勢いだ。ま、国立は確かにそういったところから離れているし、中央線で新宿出るにもバカ高い切符代を払わないと行けないしな。
かく言う私も23区のちょっと外側に住んでいるが、最近は友人たちがどんどん郊外に引越ししたりして確かに新宿まで出たりするのも稀になってきた。むかしは池袋こそ世界の中心、と思っていたが時代も変わったものだ。もう新宿や池袋などで飲むことももうめっきりなくなった。たまにバンドの練習の後飲むくらい。

さて、先週日曜は国立の人々がいうところの都心にていろいろやって過ごしました。
まずはザギン。
両親の友人の結婚式でピアノ演奏にかりだされてエディット・ピアフの“薔薇色の人生”の歌伴奏、とBGMで“いつか王子様が”をソロで弾いてきました。
そしてカミサンと待ち合わせてせっかくザギンまできたのだからザギンっぽいものを食おう、ということで銀座ライオンでランチ。
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ザギンと言えば洋食、ってことでタンシチューとオムライス。
うまかった。このあとはギロッポンに移動してゴッホ展を見るので飲まないつもりだったが、周りの客が飲んでるジョッキ・ビールがあまりにもうまそうで中ジョッキの前に陥落。サッポロの生だったがうまかったな~。いつもノド越しだけでスキッとしたいだけでアサヒ・スーパードライばっかり飲んでるけど、さすがサッポロは通の間で人気の銘柄だな。アルコールの辛味が強くていい風味があったゼ。もっともここの中ジョッキ、凄く高いんだけど。800円超えてたな。それもあって控えようと思っていたのだが、周りの客の飲んでるジョッキ見て店員さんに“アレ何?”と訊くとソレが中ジョッキで、“アレちょーだい。”と頼んでしまった。因みに大ジョッキは1000円超えだったな。もっとも普通のジョッキより中も大もここのは大きそうだったが。

サッポロ生で軽くいい感じになったところで今度はギロッポン。ゴッホ展を見る。
面白かった。私、まったく絵心がないのを最初に強調しておきます。巨匠たちの絵にも慣れしたしんではおりませぬし、自分でも絵は描けません。10代の頃まではよく空想のままに描いたりしてましたが、その後急激に描けなくなり、5年ほど前に勤めていた老人デイサービスで私が絵に苦労しているところを見て同僚のナースに「もう目に見えるものしか描けないんでしょ?」といわれ枕に涙したこともございます。
でも面白かったですよ、ゴッホ展。ホントに。今度の2月にオランダに行くことになったのでその下勉強もあって来たのだが、この展覧会でそれまでエキセントリックなイメージだけだったゴッホに親しみがわきました。結構普通の人間臭いやつだったんだな、と思いました。まあ展覧会の副題が、「こうして私はゴッホのなった」という、ゴッホが皆の知るようなゴッホになるまでの過渡的なところも存分にわかるような内容だったので、尚更。
メモをところどころにとったのでここにもメモしておこう。メモ、と言っても気になったことをキーワードのようにして書き留めただけだが。

ミレーへの信奉、写実、農民、働く人、貧しい人、下手くそ、種まく人、生命の循環
ここら辺は初期のブースで。ミレーは単純に綺麗な絵を描くし、うまいなあ(ごめん、私なんてこんなもの)、と思っていたのだが、写実的な美しさのミレーをエキセントリックなイメージのゴッホが信奉してるのは意外だった。ゴッホも写実的に描いたり、ミレーのような被写体を描いたけど下手くそで逆にミレーやその他の写実的な絵を作家がうまいなあ、と思った。前日、両親と話していて「ゴッホの絵では“種まく人”が好きだ。」と言うと、「それはミレーだろう。」と言われたが、ゴッホは実際この種まく人というモチーフをミレーからもらって何枚も描いていた。そのうちの一枚で好きな絵があるのだが、これは今回展示はなかったのでオランダで見るのを楽しみにしておこう。ともかくゴッホはこのモチーフが好きで、種まく人は生命の循環なのだと思っていたそうだ。

油絵を始め、鉛筆などでもゴッホらしさが出てくる1884~1885ニューネン時代、“ジャガイモを食べる人々”で結実
残念ながらこの“ジャガイモを食べる人々”は展示がなかったのだが、その大作にいたるいくつかの習作を見ることは出来た。ちなみにそうやって何枚も習作を描いて仕上げた“ジャガイモを食べる人々”は一大プロジェクトだったようで、ゴッホもそうとう消耗したそうだ。

パリに移り住み急に明るくなる、モダニズム、浮世絵、印象派の画家達との華やかな交流、でもあんまり興味ない、しかし滞在1886~1887の間に進化、“灰色のフェルト帽の自画像”にいたる
このブースは入るなりぱあっと明るくなったようでロートレックやらモネやらゴーギャンやらいろんな人の絵もあった。あんまり興味ない、とメモしたけど、それはけっこう作風が似ていて、その絵がゴッホのものでもモネのものでも誰でもいい、と思ってしまったからだ。しかし明るい色だったな。水色とか明るい緑色とか、淡色の美しさって感じだった。まあその中でもゴッホならではの強烈な黄色に繋がると思われる、ゴーギャンが“黄色い静物画”と呼んだ作品や、“灰色のフェルト帽の自画像”など、いわゆるゴッホっぽいものもちらほらあるのだが。“灰色のフェルト帽の自画像”はこの展覧会でポスターにもなっていた作品で人だかりが出来ていたが、色々知っている人が連れにしゃべっているのを盗み聞いたが、けっこうこの絵を描いた時には自分を気鋭の作家として意識づけるような、そんな意図もあったらしいことを話していて、ほう、ゴッホもそんなある意味ふつーな自己プロデュース的なことも考えたのか、とか思ってほっこりしたりした。

アルル時代以降は特にメモはとっていない。
名作の“アルルの寝室”や“サン=レミ療養院の庭”とか、最晩年の“アイリス”とか見ました。その他色々カミサンと色々あーでもない、こーでもない、と話しながら見てけっこう楽しんだ。

ああやって作り過ぎちゃうところ、創作がとまらなくて疲れちゃうところ、やり過ぎないさじ加減がわからなくて暴走しちゃうところ、どれも人間臭いよなあ、と思う。弟のテオに宛てた泣きいれ手紙とか、もう普通極まりなくて、エキセントリックなイメージとは裏腹な、あまりにも普通の感覚に一気に親しみが沸きました。
と、絵音痴の私でもそれなりに感慨を持って見ることができました。まあこれで2月のオランダでファン・ゴッホ美術館に行き、さらにクレラー・ミュラー美術館に行くのもより楽しみになってきました。クレラー・ミュラー美術館はマストだな。ここにはなかった渦巻きの夜空の“糸杉”、そしてさっきも書いた一番好きな、鮮烈な太陽の“種まく人”が見れると思う。これは楽しみだ。
ゴッホの絵は特にだと思うが、実物を見ると、その絵の具の凹凸とかも生々しくて魅力が何倍にも増すと思う。あの手に触れたら筆使いが直接伝わってくるような質感にまたオランダで会うのを楽しみにしたい。
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オマケ、
帰りがけ、光麺を発見したので数年ぶりに食う。
やっぱり数年ぶりに食ってもあんまりおいしくなかった。ってか化学調味料強すぎ。なぜあそこが名店、人気店なのかわからん。
まあいいが。
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by kento_ogiwara | 2010-11-18 00:48 | BLOG;その他 | Comments(2)

ライヴの告知

久しぶりにライヴやります。
と言っても、母校の学園祭に、ソロ・ピアノでちょこっと出させてもらうだけですが。
敷居の低いイベントなので、例えばチャージなどもかかりませんし、ちょっと大学キャンパスまで来てもらってジャズ研のブースを見つけてもらってただ座って聴いてもらえればグーです。
一応告知風に書くと、

date;11月20日土曜日、14:00
place;東京外国語大学キャンパス内、ジャズ研のブース(今はblue note tufsの名前でやってるのかな?あるいは昔からのnew black birdなのかな?わかりません。)
charge;no charge

てな感じかな。
モトオカ師匠のレッスンでの曲をそのままやります。ファッツ・ウォーラーの“jitterbug waltz”,ビル・エバンスの愛奏曲“what kind of fool am I?”,バド・パウエルの“dusk in Sandi”や“hallucinations”,エリントンの“day dream”や“in a sentimental mood”,もし時間があったら“I wish I knew”あたりをやることになるのかな?

皆さんお気軽にどうぞ!


さて先週末、モトオカ・レッスンだったんだ。その反省。
テンポ200でのバド・パウエルの“hallucinations”はやはりなかなか安定せず(安定する時は安定したりもする)、2拍目と4拍目(ドラムでハットを踏む場所)にメトロノームを鳴らす今までのやり方だと、余裕がない場合追い立てられている感じになってしまうのと、+、兼ねてからの究極の目標、こちらがメトロノームに位置を教えてもらうのではなく、こちらが自由に弾きながらメトロノームに「ここだよ」と教えられるようにする、という目標から、メトロノームを4拍目にのみ鳴らす、という方法が導入されました。
コレはコペルニクス的大転換です。
慣れるのに相当時間がかかりそうですが、フィリー・ジョー・ジョーンズがよくこの4拍目オモテにリム・ショットなどを入れるらしいのでフィリー・ジョーを聴きまくってその感覚を体に覚えこませる必要あり。
一つのトライアルだが、ホントはもっと私が巧ければ、または今でも調子いい時なら2拍目と4拍目に鳴らしたメトロノームの音が最高の(というか親しい共演者のような)ドラマーのハットを踏む音に聴こえるようないい合奏がメトロノームと出来てもいるので、あの感覚を手放すのも惜しいのだが・・・。ま、しばらく4拍目オモテのフィリー・ジョー・ジョーンズのリム・ショットとの心地良い共演を果たすことを目指して、練習にいそしみたいと思います。
前回ペンディングだったファッツ・ウォーラーの“jitterbug waltz”は前回と全く同じような感じだった。ので前回レッスンの記事を読めばいいと思う。まあ私はそこそこ良くなってる、と思う、思いたい。
バド・パウエルの“dusk in Sandi”は、なななななんと、モトオカさん、音を採ってなくて、私が採っていって弾いてみると、「・・・えらい。」と。おいおい、あたしこのレッスンに7000円払っているんですけど~。さては師匠、オレがやらない、と思ってたなあ~?
もう一曲、ディジー・ガレスピーの“Con Alma”は初回にしては良くやってきたな、という感じだったが、タイムが落ち着かず、16分音譜を弾いてみること、或いは3連譜のフィールを持っていても、実際に音を3つ並べて弾いてみることの重要性などを説かれた。
その対処として左手でまず4ウラから1ウラで5度→ボトムを弾き2拍目ウラ4拍目ウラでコンピングして曲を作り、右手でメロディをとっていく弾き方でこの曲を練習するように言われた。そうすればもっとタイム、リズム、メロディを弾く右手が安定する、とのことだ。実際連弾でやってみるとやや右手の作る音の輪郭が見え易くなったように思う。これも大きなチャレンジだ。練習しないと。ダドンパ・パ・パ・パ・ダドンパ・パ・パ・パ、だ!!!
私はかつてこのブログで、“自分の知っている音楽で、熱くなると速くなる音楽は知っているが遅くなるのは聴いたことがない”と書いていたのだが、今回のレッスンはこの“Con Alma”にしろ、一緒に長々と連弾した“I cover the waterfront”にしろ、熱くなってブルージーに引きずって、むしろテンポが後ろになることが多かった。自分の狙っているフィールを実際に音で伝えると“確かにそういうのもある。それはわかる。”と師匠は言ってくれたが、3連譜をもっとちゃんと細かく丁寧に弾くように言い、そうすることでより引きずるようなフィール、あるいはイーブンといったものが活きる、と教えてくれた。エリス・マルサリスの“I cover the waterfront”もそうだが、ある意味しゃっきりしたなかで、味わいが出ている。細かいパルスを感じて、さらにそれを出音にも出して、ある意味洗練された背筋の伸びた状態がまずあって、その上で味わいの部分が出ている。それがわかったから、私はモトオカさんに“そうですね。今日の私は酔ってますね。酔ってるのだけならいいけど、酔っ払ってますね。”と言った。ここら辺は改めて謙虚にまたピアノとメトロノームに向かっていかなければならないだろう。ここは重要だ。3連譜を感じるだけでなく、実際に3連譜をしっかり弾いていくこと。これはこのレッスンが始まった頃からの最初の課題じゃないか。ホント、基本を忘れないようにしないと。
後は“I wish I knew”を連弾したり(特に問題ないそうです。私が作ったテーマがいいからいいそうです。)、エロール・ガーナーを一緒に聴いて“yeah!”とか言ったりして(彼が怪物だと私が言うとモトオカ師匠も激しく同意)過ごした。

新曲は今回はなし。
曲、というより前述の、メトロノームを4拍目にのみ鳴らすという方法でフィリー・ジョー・ジョーンズのリム・ショットを聴く感じでバド・パウエルの“halluscinations”を200で弾くこと。
そして左手で、ダドンパ・パ・パ・パ・ダドンパ・パ・パ・パ、とやりそこに右手でメロディを絡めていくやり方をディジー・ガレスピーの“Con Alma”で弾いていくこと、だ。
新曲はないけれどだいぶガラッと代わった風景を見ることになる、うまくものにすれば。
それと3連譜をしっかり意識するだけでなく、出音としてもどんどん弾いていくこと、それでしゃっきりとしたスウィング感のもとに余裕があればイーブン、16分、より自由なタイムで弾いてみること、だろう。
ちょっと大変そうだけれど頑張ります。
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by kento_ogiwara | 2010-11-08 22:43 | BLOG;音楽について | Comments(0)

失楽園

かつて、楽園があった。

その名は、
元祖寿司。
家の近くの甲州街道沿い(京王線柴崎駅近く)の回転寿司である。

私は常々家族や周囲に言っていた。
「私にとって回転寿司こそが地上の楽園なのだ。」
と。

私のような寿司は回っているのが前提のものにとって、一皿130円均一のその回転寿司屋さんは、絶対的安心感のもと、私がこの世の食い物のうちで一番好きな寿司というものを堪能できるまさに、楽園、だった。

そしてもう会話こそ少ないもののすっかり顔見知りとなった板前たちやホール・スタッフたちの日々の姿を見て、そしてそれを寿司をつまみながら妻と語り合うことは、大金は払えない生活の中で私たちに最高の贅沢なひと時を与えてくれていた。

思えばこのブログでも寿司のことを語った記事も多いことに思い当たる。その全てがこの回転寿司屋を舞台にしている、と言っても過言ではない。

娯楽にそんなに金を割くことのできない私たちにとって金曜日の回転寿司(もちろん毎週ではないにせよ)、は最高の贅沢であり、まごうこともなき、楽園、だったのである。

そして、
あそこには、愛があった。
なんの愛か、って?
それは、
寿司にたいする愛、であり、それは翻っては、人間にたいする愛、であったように思う。

それが、

11月14日をもって閉店



張り紙を見て、私たちが絶句していると、ホールのホサカさん(私たちは彼女が私たちが元祖寿司にむかう途中あまりの人の多さに臨時で援軍としてかりだされて出社しているであろうチャリンコをこぐ後姿を一生忘れないだろう)が、
「そうなんですよ。」
と悲しみを堪えて必死に笑顔を作りながら教えてくれた。妻は、
「びっくりしました。どうしよう、って思って・・・」
と絶句した。

ミウラ店長は、そんなときだからこそなのか、つとめて平静を装って、
「まいど」
と声をかけていた。

他にも板前のキムラ(貴方のことだから今は有給消化でハワイとかいるんじゃないでしょうか)、ハタナカさん(如才ない貴方はもうとっくに新しい勤め先を見つけているのかも知れませんね)、ホールでかつて働いていた天才ホリチエミ似(貴女にはファンがついていましたね)、くびながノドボトゲくん(やはり天才で貴方がいればどんなに忙しいときでも貴方のところだけは涼やかな風が吹いているようでしたね)、そして最後の時をともに迎える健気な働きっぷりのホサカさん、ミウラ店長、

本当にありがとうございます。
そして、
お疲れ様です。

ちょっと先のことは私たちもわからないですが、
だってどうしたらいいのかわからないのですから、
とりあえず閉店まえにもう一度食べに行きます。

はっきりしているのは、
私たちが貴方たちのことを忘れないだろうこと、
そして、
いつか、
かつて、あそこには楽園があった、
そんな風に元祖寿司のことを思い出すのだろう、
ことだけです。

Once upon a time, there was a paradise.
Now the paradise has lost,
only remains in our memory.
The name of the lost paradise is
GANSO-ZUSHI.



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店を出て号泣する私。
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by kento_ogiwara | 2010-11-02 19:55 | BLOG;その他 | Comments(0)