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タイ

行ってきました。
しばらく生活から解放されてゆっくりしてきました。
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主にうまいメシを食うのとタイ式マッサージを受ける、という極めてOL的な旅行をしようと思いました。
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これはバンコクに1年留学していた友人のお薦めのNational Stadium近くの安宿街にあるPiscesさんのマッサマン・カレー。ココナッツ・ミルクとピーナッツ・ソースの効いた甘口のカレー。うまかった~。ジャガイモっていいみたい。
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これはスカイ・トレインBTSのトンロー駅近くにある安メシ屋でやはりその友人のお薦めのエビのパッタイとホイトート(カキのお好み焼きみたいな)。
バカウマ!!!で注文してから30秒位で両方出てきました。もう鉄板でパッとやっちまうのがおいしさのコツみたい。
この2品は自分で昨日作ってみたが、この写真のように卵でふっくら全体を包む技術が私にはないのと、スーパーで買った気仙沼産のカキが海水が抜けきってなくって火を通してもしょっぱかったのでなかなかこの味には迫れませんでした。
簡単に作ってるけどやっぱいい腕、いいモノを使ってるんだな。

マッサージも1時間300バーツ(900円位か。)で受けれて、
「痛い。痛い。センセイ、そんなんしたら、痛い。」
と思いながら歯を食いしばって受け、終わって私のヨダレがついたところを見ると、黒い何か、が出ていた。
BTSのアソーク駅近くのKing & I spa & massageってとこ。

他にもワット・プラケオというタイで最も重要な寺院に行ったり、観光っぽいことも一応しました。しかしそれにも勝るのは、その帰り道、スコールに遭遇しました。
ほう、スコールか、タイっぽいな…。などと旅情にひたっていられたのは最初の30分位。
スコールは想定の範囲を超えてどんどんシャレにならない様相を帯び、私はずぶ濡れ、道を歩くことかなわず、デパートに入りキンキンにクーラーの効いた場所で濡れた服で止むのを待つこと1時間位、骨の髄まで冷えて何とか小雨になったところで表にでるとえらいことになっていました。
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浸水してます、ハイ。
はっきり言ってスコール、楽しくないです。旅情もないです。むしろ非情なもんです。ひたってる余裕ないです。
こんなんなってしまったのでこの日はメシを食いに行ったりマッサージを受けに行ったりせず、コンビニでカップラ食って寝ました。

で、バンコクにいるとそんなこんなでおいしいし、気持ちいいし、観光とかしちゃうので、金がもたない、とゆーことで、アユタヤに移動することにしました。

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アユタヤではチャリンコで移動しましたが、ありのままの遺跡たちや、それらを囲む木々たちが心地良い町でありました。
昼は遺跡の中ゆっくり過ごして夜は晩メシ食って寝る、というシンプルな生活で、腕時計もしてなかったこともあり、一日が長く感じられました。この歳になって1日を長く感じられるってなんてゼイタク…。
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アユタヤであまりにも有名なビルマ軍によって切断された仏像の頭部がその後木の根に取り込まれているワット・マハータートの一角。
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アユタヤの象徴とも言うべき三基の仏塔の立つワット・プラ・シー・サンペット。

いやアユタヤには丸3日いたのですが、正直、タイクツ…、とか思うくらい時間が経つのがゆっくりで、旅行に来てタイクツを味わうという最高のゼイタクをさせていただきましたYO!
ホント、遺跡見るしかないような町だからね。あとはまあ市場いって屋台でみんな食ってておいしそうだったナンプラーダシのつみれと豚肉のタイ式ラーメン(米の麺)を食べたり(30バーツだから90円くらいか)、宿で他の旅行者との会話を楽しんだり、その程度しかしてないです。
But still, it was pretty good days.
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アユタヤの市場で食べたタイの典型的なラーメン。

最終日、バンコクに戻ってまたマッサマン・カレーを食い、エビ・パッタイとホイトートを食い、マッサージを受けて、最後はまたOL的旅行を満喫したことでありますよ。

お世話になったタイの皆さん、コップクンクラッ!!!


P.S.
んで今晩はタイでよく食われる豚肉とバジルの炒めものぶっ掛けご飯卵焼きつき、を作ってみました。
実際、ワット・プラケオに行った時、リバー・ボートであるチャオプラヤ・エクスプレスを使っていったんだけど、その船着場であるサートーン船着場周辺の屋台街で食ったり、バンコクからアユタヤまでは列車で行ったんだけど(3等で13バーツ、屋台のラーメンやカップラーメンより安い!!!)、その列車の中で売ってた弁当で食ったり、この豚肉とバジルのぶっ掛けご飯卵焼きつきは食う機会が多かったです。
豚肉と野菜を炒めるとき、ナンプラーを使ってる場合やオイスター・ソースを使ってる場合などがあり、帰国してからも作れるようにナンプラーやタイ風オイスター・ソースは買ってきてたんだけど、今晩はオイスター・ソースを使いました。
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もんのすげ~うまかったデス。
この料理に関してはタイ料理屋に行く必要も、あまつさえタイに行く必要もなさそうです。
それくらいうまかった!!!!!
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by kento_ogiwara | 2009-09-27 21:01 | BLOG;その他 | Comments(2)

私の右手

昨日、モトオカ師匠との2回目のレッスン。

前の記事で書いた、理解した上で練習したいから訊いておきたい事、は全て訊いた。

結論からいうと、“just friends”のB♭は、そのまんまB♭6thのドロップ2が使用可能。曲のキーからE♭を半音上げてリディアンのEナチュラルにする必要なし。E♭を含むB♭6thのドロップ2でそのまんまイオニアンが使える。不思議なものだ。それ位6thのドロップ2には説得力があるということか。

アッパーストラクチャーにそんな種類はない、という意味も分かった。作り方も含め、教えてもらったので自分でこれから時間のある時に整理する。
アッパーストラクチャーとは1,7,3を含むコードの上に3声のトライアドを重ねること。
バドの“un poco loco”のようなものは例外。と言うかバドの天才によるもので、一般的に言われるアッパーストラクチャーは別物と考えた方が良さそうだ。

閑話休題、モトオカさんの、一音、を究極的なまでに追求する、大切にする、重要視する姿勢はホントに凄い。所属してた大学ジャズ研でテーマとコード譜だけ見て演奏して、それで演奏した気になってた自分の愚かさを恥じて恥じてしょうがない。少しはそういう悪乗りからは最近は距離を置いて音楽に接してたつもりだったが、まだまだ甘い。自分が恥ずかしい。

で、6thのドロップ2にハマって、しばらく、サウンド作り、に没頭したい、とりあえず、スケールライクで6thのドロップ2のエチュードになりうる“polka dots and moonbeams”の音作りをやりたい、と思っていたけれど、モトオカさんはやはりアドリブを含めたソロ・ピアノで、そのまま“I should care”を弾けるようになって欲しい、ということで、次のレッスンまでには左手はコンピング、或いは1,7(+10もできれば含めた)バラードで、右手はアドリブでメロディをとって曲をキチンと最後まで完成させるようになろう、ということになりました。
左手はコンプならキチンと1ウラなり4ウラなり、ウラに入れること、バラードでも1,3のアタマを弾くといってもあくまで1,2,3,4,2,2,3,4のパルス、もっと言えば3連が4つのパルスを感じた上で1,3のアタマに音を置くことが必要。

そして右手。
今まで友人たちに言われてたことをモトオカさんにも言われたことが2つ。
ハマツさんには、転んでる、と言われたのですが、よりモトオカさん的に言えばフレーズの終わり、もっと言えば着地をしっかりして、フレーズの終わりが次のフレーズの始まりに繋がるようなフレーズの終わらせ方をするように薦められた。昔モトオカさんに習ってた時にチャーリー・パーカーのフレーズをフレーズの区切りごとに切ってみたことがあるけれど、パーカーなんてそこらへん明確だもんね。トランポリンみたい。トランポリンで着地してまた飛ぶにはしっかり力を入れて着地して、また力を入れて飛ばないといけないもんね。
それまではフレーズが沸いてくるのを待って一気に弾き、またそれが終わるとフレーズが沸いてくるのを待って、という弾き方だったから、確かに着地を殆ど意識しないでいた。当然ハマツさんの言うとおり、転んでる、という印象を与えてしまうよね。実際フレーズの終わりは転んでたし。
マスタニさんには上昇フレーズをもっと弾け、と言われていたのですが、確かに私、無類の中音域好きですが、一応上にも行きます。ただ!モトオカさんに言われました。クレッシェンドが欲しい、と。上に言ってもクレッシェンドしないと、膨らみ感も出ないし、当然サウンドもリッチにならないのだ、と。これがマスタニさんをしてもっと上に攻めて、と感じさせる理由でしょう。確かに高音弦は音も小さいから、こっちで意識してクレッシェンドしないと、聴こえてこないですよね。

そしてリズムを支えきれない私を見て、モトオカさん、三連のスケール練習はしてますか?と。
ゴメンナサイ!やってないです(涙)。はい、やります。
でもホントにバックもなく一人でリズムを保つって、凄いこと。
モトオカさんとメトロノームを鳴らしながらバース交換で弾き合ったけれど、もの凄い緊張感で、思わず椅子から腰を浮かし、表情を崩し、口も何やらシュクシュク言いながら弾いてしまいましたYO!そんなプロ・ミュージシャンみたいなことやったの初めてかも。なんかみんなキースにしてもバドにしても上原ひろみさんにしても、プロって凄いなあ、とそんな面からも思ってたのですが、ホント、ちゃんと、私の場合、壊さないように、弾くだけで、それ位の必死さになってしまいました。
自分でリズムを持つ、ってこういうことなのですね。これを練習して会得しようなんて、ふんどし一丁でエベレストに登ろうとするようなもんです。私にとっては、ハイ。
でもモトオカさんにやれ、と言われたので、次のレッスンまでの1ヶ月はできるだけ頑張ります。
イン・テンポでアドリブ。
あ”--、来ちまった。
とりあえずカトマンズ行きのチケットを探しにHISまで行くためにつつじヶ丘駅まで歩きだすくらいのところから始めたいと思います。

まあ、あと昨日のレッスンは私のせいで、身分不相応な要求をしまくり、やや疲労感を醸し出すがめついレッスンになってしまったので、日頃の練習は頑張るとしても、3回目のレッスンはレッスンの時間そのものを楽しいものにしたい、と思います。
モトオカさんが、昨日、レッスンの合い間に、バドの“Time Waits(時は待っていてくれる)”のレコードをかけてくれたのも、「ケント、そんなに焦るなよ。」ってことだったのかも知れないです。師匠は私がその時どう感じてるかにいつも敏感だから。
ホント、なんでこんなに焦っちゃうんだろう。
ゴメンナサイ!!!
モトオカさん!!!
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by kento_ogiwara | 2009-09-06 20:29 | BLOG;音楽について | Comments(0)

みんな凄い

6thのドロップ2の基礎練の日々を送っています。
あまりにも地道過ぎて一体全体オレは何をやってるのだろう?とか思っちゃったりすることもありますが、いつか(たぶん4~5年後)演奏の中で自然と取り入れるようになるだろうと信じて、今はほぼ全てのメロディを6thのドロップ2で弾いています。
即興もやらないし、ほとんど決まりきった譜面しか弾かないし、決まりきった6thのドロップ2の運指を覚えこませる基礎練をやるのみ。即興演奏、と言って大袈裟ならアドリブすら一切とっていません。

そんな愚痴はさておき、最近色々な人のCDを聴いたりDVDを見たりして、改めて凄いなあ、と思うことが多いです。

Ⅰ the art of improvization / Keith Jarrette
アイライクスシさんが貸してくれてDVDで観ました。
感想は一言。
この人(キース・ジャレット)は人間じゃない、
デス。
ってゆーか『即興の技法』とか題していながら、インタヴュアーやマイルス・デイビスといった人達の「どうやって弾いているんだ?」の問いに、「自分でもわからないんだ。」と答えていて、それでどこが『即興の技法』じゃい!!!と思いました。それとも『即興のゲージツ』が正しい訳なのか?
ともかく気持ち悪かったです。何だか観てて、胸が(悪い意味で)ざわめきました。
ブラッド・メルドーがキース・ジャレットをマイルス・デイビスやジョン・コルトレーンと同格に扱っていましたが、間違えなくキース・ジャレットは私の知るジャズ・ピアニストの中では別格、エイリアン、人間じゃない、友達になれない、厳格過ぎてこっちの息がつまる、などなど思いました。いやキョーレツです。だって共演してたマイルスの映像が出たところでむしろ安心感が沸いたくらいですもの。
全く、こんな人がいちゃ、何のため地味な理屈に見合った練習を地道に続けているのかわからなくなります。

Ⅱ ブラッド・メルドー
彼を世に知らしめたジョシュア・レッドマンの“Mood Swing”を国立のディスク・ユニオンで500円で発見。
1曲目、2曲目と大したことないなあ、と思いながら聴いていて訪れた3曲目のピアノ・ソロ、ラリー・グラナディア、ホルヘ・ロッシを迎えたトリオ版のthe art of piano trio vol.2やvol.4などで聴かれるようなキョーレツな、これぞメルドー、的な凄まじい世界が拡がったのであります。カリスマ誕生、の瞬間です。
その逸脱ぶりは凄まじく、ベースのクリスチャン・マクブライドはあんな聴いたこともない様な凄まじいピアノ・ソロを弾かれて、どんな気持ちでベースを弾いていたのかなあ、などと勘繰りたくなってしまいました。
因みにこのアルバム、サックスがジョシュア、ピアノがメルドー、ベースがマクブライド、ドラムがブライアン・ブレイド、と現在のジャズ・シーンを引っ張る猛者たちの初期大集合みたいなメンバーになっています。ジョシュアに関してはまだまだ発展途上、とゆーカンジで、初期のトレードマークだったフラジオ使った超高音域でエモーショナルなメロディを吹くこともまだこの段階ではやっておらず、けっこう平凡です。違ったらごめんなさい。

Ⅲ ゴンサロ・ルバルカバ
彼のアルバムでは97年に出たドラムにデニス・チェンバースを迎えた、「今どこやってるの?」的なアルバム(ベースのブライアン・ブロンバーグがちゃんと真ん中で支えているので一応は楽しく聴けます。ってか凄まじい、カッコイイ!!!)しか持っていませんでしたが、上記“Mood Swing”と同じく国立のディスク・ユニオンで“Diz”がやはり500円で売られていたので購入。
いやはや美しいです。
ゴンサロの発掘者で恩人とも言えるディジー・ガレスピーが亡くなった後にゴンサロが故人に捧げたアルバムと記憶していますが、もう一人の発掘者で恩人のチャーリー・ヘイデンではなくロン・カーターがベースを弾いています(因みにロン・カーターのベースの音はもともとのアンプに頼る癖か、歳をとって衰えたのか、どーしようもなくペラペラな、あー楽器が鳴ってないな、という音です。違ってたらごめんなさい。)。
ゴンサロのピアノときたらそれはもう天衣無縫、感情の起伏をそのまま音にしたかのような表情の豊かさ、歌心。
ゴンサロがバド・パウエルのレコードを聴いて感想を述べながら話した言葉で、やはりこの言葉はこの人の口から出てきたか、という言葉があるのですが、それは、
「僕たちはいい音楽、素晴らしい演奏が聴きたくてレコードを聴くんじゃない。そのいい音楽、素晴らしい演奏を通してスピリットに触れることができるからレコードを聴くんだ。」
と言うもので、これはまさにオギワラくんと同意見で、しかもバドを聴いて、よく注目されがちなバドの超絶技巧や独特な音使いなどに言及するのでなく、バドの演奏を通じてバドのスピリットに触れることができるからバドを聴く、というゴンサロに、心からの賛成の拍手を送ったことであることよよ。
ともかくそうしたゴンサロの人となりをそのまま表すような心のこもったピアノはもう語りかけてくるかのようです。
もちろんこの人のスケールのでかさも顕著。巨人です。間違いなく現代のもっとも秀でたピアノの巨匠の一人でしょう。


もしもアクマと契約してこの3人の中の誰か1人になれる、として選ぶとしたら…、うーん、
ゴンサロ!!!
絶対的自由!!!!!
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by kento_ogiwara | 2009-09-02 20:42 | BLOG;音楽について | Comments(0)