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障害の受容について;雑感

色々なことをうっすら、特に激しく感じながらもなんとなく疲労で全ておざなりにして過ごしてしまう今日この頃でしたが、ようやく少しこうしてブログなどにメモをとる時間が持てました。

オギワラくんは障害者ではないのですが、この32歳現在までに大きな病気を3つやっております。うち1つについては未だに治療中です。
何が言いたい、というほどではないのですが、病人、として長い時間を過ごしてきて、そして今も病人である中で、オギワラくんには自然と無病息災より一病息災、あるいは「病気とともに生きる」、とか、「病気は不幸ではない」、とか、「むしろ病気は才能だ。」とか、とにかくそういった今のオギワラくんの仕事に繋がる、原動力となる価値が育てられたのは厳然たる事実なのですが。

あるいは、去年の社会福祉士に向けた勉強の中で、障害の受容についてはもちろん色んな形で触れましたし、障害を持つ社会で活躍する様々な人々についても触れたし、あるいは障害者福祉の歴史において輝かしい理念、価値を世の人々に提示してきた先人たちについても触れてきた。学校では触れなかったけれど、『五体不満足』で有名になった乙武氏の「障害は不便ですが不幸ではありません。」という言葉にも一定の共感を覚えていた。

あるいは可変性、とかホメオスタシスとか、知恵遅れ(これは差別用語かもしれないので説明しておくと、知的障害者は健常者とはスピードは違うけれど、レット症候群などを除き、確実に知能の向上が生涯に渡って見られる、よって文字通り知恵遅れ)など、そういった概念(=現象=事実)に恩恵を感じるほどに、あるいは信仰になってしまわんばかりに共感し、自分の価値と同一化させていた。

でもね、やっぱり難しいよ、と思った次第です。
特に障害を持っている人をとても近くに持ったとき、家族など。
オギワラくんの持病について最初に書いてしまったけれど、それはむしろ問題ではないのだ。オギワラくんの中でもう整理のついている問題だから。

ことのきっかけは、ある時、オギワラくんのカミサンがこの間眠れないで別の部屋で灯りをつけて本を読んでいた時、オギワラくんは激しくカミサンを叱責したわけです。
んでなんとなく思った、というか感づいたのです。
自分はカミサンが調子を壊しそうになっている時に、怒ってばかりいるな、ということに。
それで、もすこし考えてなんでなんだろう?と思った時に、オギワラくんはカミサンが自分と同じように病気や障害を持つことに、極度の不安と警戒心を持っている、ということに気がつきました。もうそれは強迫観念的なまでの不安で、常にカミサンをそういった病気や障害にならないように気をつけています。だからちょっとカミサンが眠れなかったり、あるいは不摂生をしている時に、激しく怒ってしまうのです。

つまり、何が言いたいかというと、口では「病気は才能だ。」などと高らかに宣言していながら、カミサンが病気になることは到底受け入れられない、ということ。そしていつもは病気や障害を害悪と考える人全てと闘っていこう、と考えているくせに、自分も病気や障害を害悪と考えていることにカミサンという最愛で最も近いところにいる存在を通じて気がついてしまったのだよ。
オギワラくんはもの凄い矛盾していた。

オギワラくんの両親はオギワラくんのことをとても愛している。
はじめ一つ目の大きな病気をやったときの夜、不調を訴えたオギワラくんが寝ているところに洗面器など準備をして隣りで様子を見てくれた母はとても不機嫌だった。オギワラ少年はその不機嫌が気に入らなかった。なんでこんな具合が悪いのに、おかんにまできつく当たられなければいけないのか、と。
二つ目の病気の時、両親はオギワラくんが病気だということを認めたくなかった。だから病気で苦しんでいるオギワラくんとは対立し続けた。オギワラくんはその時は両親を憎くも思ったし、両親はオギワラくんを苦しめる結果になった。両親にとっても一番辛い時期だったと思う。
三つ目の病気の時、吐血したオギワラくんに対しても、両親は結果的にオギワラくんを傷つけることを言い、結果的にオギワラくんは今までいつもそんな時そうだったように両親に怒りを覚えた。
全部両親がオギワラくんのことを心から愛していたからだ。

オギワラくんもカミサンに対して、全く同じようなものだと思う。イライラと怒りと、認めたくない一心で、カミサンが疲れているときにさらにカミサンを傷つける。

今東大の助教授をやっておられる全盲聾の福島智さんのご夫人が書いた記録『指先で紡ぐ愛』のドラマ化を夜学で去年見て、もうズタボロに泣いたけれど(というのもそれがどの夫婦にもあてはまるごく普通の至高のラヴ・ストーリーだったから)、その後夜学の仲間と飲みに行って、信頼する友人の一人が「福島先生は確かに凄くて、あまりに普通の感覚で、あれを他の障害者たちに求めるのは酷なのでは・・・。」と言っていたのを覚えている。
確か『五体不満足』も乙武さんの誕生シーンで始まっていたような。四肢のない我が子を見て彼のお母様が発した第一声が、「かわいい!」というものだったこと。
多くの障害者が(もしかしたらオギワラくんも)、障害や病気を持って生きていくにあたってぶち当たる様々な問題や怒りといったルサンチマンを力に社会に切り込んでいく中、福島先生や乙武ファミリーの普通さは確かにちょっと真似できないくらいだと思う。
ああはなれないよ。
オギワラくんも。

今現在、オギワラくんの関わっている障害者、及びその家族において、障害の受容ということについてそのあり様は様々だ。
でもはっきり言えるのは、障害の受容がなかなかできないで苦しんでいる家族たちを、決してオギワラくんは笑えない、ということ。可変性、ホメオスタシス、あるいはオギワラくんのつちかってきた「病気や障害は才能」「病気や障害は害悪ではない」「誰も健康なものなどいない」「誰しもかならず病気になり障害を持つ」、そして全ての基本でこれがなければ人生は人生でなくなり、世界は世界でなくなる、そしてこれがあるから人は生き、世界は無数のストーリーを紡ぐ「愛」、これらのオギワラくんの価値や思うところを説いてみたって、家族たちは家族を愛しているから苦しんでいるのであって、オギワラくんが受容しろ、と言って家族の障害が受容できるわけではない。
せめて苦しんでいる障害者の家族たちにはほんの少しでも気持ちがラクになれる時間を持てるように援助していければいいのだけれど。

そのための方策はオギワラくんは今のところ白紙だ。
知的障害者の分野に来てまだ半年を過ぎた程度。ペーペーである。
少しずつ、学んでいければいいと思う。
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by kento_ogiwara | 2008-08-23 19:04 | BLOG;社会福祉士として | Comments(0)

ガドガド

調布パルコの7Fに、本格的なインドネシア料理店を発見。
本格的かなんちゃってかの違いは、ズバリ、ガドガドが置いてあるか、だとオギワラくんは思っている。インドネシア料理店じゃなくてもナシゴレンとかサテーとかはよくアジア料理屋で見かけるけど、この本気インドネシア料理を置いてあるところは滅多にお目にかかれない。

はたしてガドガドとは・・・、

野菜を茹でたものに、厚揚げ、ゆで卵などが乗り、それにピーナッツソース(もちろんあま~い)を大量にかけ、そこにエビせんを乗っけて食べる、という、インドネシア人、一体なんでどうやってこんなものを思いついたの?という料理である。インドネシアでは定番で、屋台などでも食べることができる。野菜はむろん、ヌルイ。

コレ↓
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ここのは日本人向けに茹で野菜は冷たく、ピーナッツソースもそれほど大量でなく、平たく言えば日本人向けに容赦したカンジ。ネシアで食うそれはぬるい野菜、厚揚げ、ゆで卵、時にヤム芋みたいなやつ、それにピーナッツソースなのでひたすらコッテリしているが(しかもその上にエビせん!)、やはりアレは日本人にはキツイと思う。オギワラくんもかの地で最初にこれを食べてた頃は、むぅ・・・、というカンジだった。でもそれが強いインパクトとなって、なんか時々無性に食べたくなるのよね。

次はサテー。
アヤム(鶏)とカンビン(羊)を頼みました。↓
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サテーはおいしいし、みんな好きだよね。
しかしここのサテー・アヤムにはここでもあま~いピーナッツソース。
けっこう好き嫌い分かれそう。

最後はナシゴレンだぁー!
エビせんと一緒に食べて、のどが渇いたら付け合せのキュウリやトマトでのどを潤す王道ナシゴレンですYO!
おいてぃー!↓
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インドネシアを愛してやまないオギワラくん。久々に堪能しました。
19の時のインドネシア一人旅の記録も再編集してみんなに見せてもいいものにして、今何人かに校閲を頼んでいます。興味がある方は言って下さいな。自分でいうのもなんだけど面白いですYO!
かなりの辺境まで行ったので興味深いだろうし、そうでなくてもただ読み物として単純に面白いと見た。

それではみなさん、スラマット・ティドゥル~!
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by kento_ogiwara | 2008-08-10 22:19 | BLOG;その他 | Comments(0)

雑感

最近の発見で、ジャポネスクな草花で意外と盲点だったのがコレ。
                      ↓
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苔、です。
ホントは梅雨が明けて夏が始まるムシムシした頃に、一斉に樹の陰に覆いつくすように、水気を湛えてむしている苔が圧巻で、この写真はちょっとその後で旬を逃した感がありますが、何ともいえない美しさ、あはれ、があります。と思います。

今日は上野に出てみたら、不忍池が一面蓮の葉と花で覆われていました。湖があり、中程にお堂があり、周りが街、という感じ、いつか訪れたハノイを思い出しました。ハノイも真ん中にホアンキエム湖という湖があり、中程に小さなお堂があり、そこはハノイでも一番好きな場所でした。

蓮の花って、日本っていうより、インドとか、天竺というか、そういうイメージがあります。和、雅、とは違うような。蜘蛛の糸でお釈迦様が覗いたのが蓮の池だったからか、ベトナムで同じように蓮の咲き乱れる湖を見たからか、より日本のとは異なった原始仏教のイメージです。

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春には春の花を愛で、夏には夏の花を愛で、秋だったら紅葉か、冬はなんだろう?
とにかくそんな風に季節ごとにその季節を感じて有難みながら過ごしていきたいものです。




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by kento_ogiwara | 2008-08-04 00:59 | BLOG;その他 | Comments(0)