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良いお年を!

2007年も終わりですね。

今年もいろいろありました。

が、一つ何かを挙げろ、と言われれば、

夏の甲子園、佐賀県立佐賀北高等学校野球部のみなさん、
優勝、おめでとう!!!

デス。

あたし仕事がちょうど休みで決勝の広陵戦、見てたんですが、ホントに興奮しました。広陵のエース、野村くんに佐賀北打線は完全に抑えられていて、全く点の入る気配もないまま8階裏まで4:0。ところがそこからの大逆転劇。4:1にしたところでサード副島くんの逆転満塁ホームラン。ありえないことが起こった、と思いました。奇跡のようでした。
マウンド上で野村くんは目が完全に泳いでいました。広陵のカントクさんが試合後、判定をめぐって審判に抗議をして厳重注意を浴びていましたが、確かに高校野球で・・・、との意見もありましょうが、ああして広陵のカントクさんが抗議したことで、野村くんの気持ちも少し報われたのでは、と思います。野村くんは素晴らしいピッチャーだと、達つぁん(もと広島カープ捕手、達川光男氏)も太鼓判を押していることだし、これからも頑張って欲しいです。

佐賀北はみんな素晴らしかったです。全員野球とはこれだ!!!というものを見せてくれたと思います。

キャッチャーの市丸くんは天才的で相手のスクイズを外すタイミングなど鳥肌が立ちました。
ライトの江頭くんは名前が佐賀っぽくっていいですね。
センター馬場崎くんは好守で魅了し、バッターボックスではいつもセーフティ・バントという漫画のようなキャラ立ち。
サード副島くんは野球、というかサードの醍醐味であるキンタマで捕球。
必勝継投で勝利の方程式に貢献したミスター・ポーカーフェイスの投手、馬場くん。
その他名前は忘れてしまいましたが2遊間の二人の堅守はチームを何度も救いましたし、代走などを含め、あの場にいた全員がいなければ、あの奇跡の大逆転劇は得られなかったと思います。

きらめき、でした。

最後に県立佐賀北高等学校野球部エース、“がばい魔人”こと久保貴大くんの言葉で今年を締めくくりたいと思います。

「努力をしても報われないかもしれない。しかし、努力をしないと報われない。」

皆様、よいお年を。
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by kento_ogiwara | 2007-12-28 19:17 | BLOG;その他 | Comments(0)

カンゾー、痛い。

7日間連続で飲みました。
シーズンとはいえ、バカ、ですね。
昨日に至っては渋谷で5時半から始め、ところ、メンツを変えながら朝3時半まで、始発を待つためにマックに入って時間を潰す、という、いわゆる、学生コースまでやりました。因みにオギワラくんは30代に入ってます(←とっくに)。ま、バカですね。なんかテキーラも久しぶりにやった記憶があります。
3件目では敬愛するミュージシャンであるエルナ・フェラガ~モさんたちと合流し、気分が落ち込んだ時に使える魔法の呪文(←バカ)、「スットコドッコイ」を伝授しました。
オギワラくんはみんなに言いました。
「ふう、って落ち込んだ時は、『はあ、つーかまじスットコドッコイ。』って言ってごらん。」
女の子達は、
「あ、なんか元気が出てきますね!!!」
と言いました。
で今日は疲れでひがな寝ていたのですが、テレビがつまらなかったのでDVDで『パッチギ!love and peace』を観ました。
前作がある意味全ての国、人、時代を超えて普遍的なものだったのに比べ、今回はここ最近の世相を反映したものに思えました。
都知事に見せたいですね。井筒監督は意識してたのかな。
しかしキャストがちと豪華過ぎて、どんな些細なシーンでも知ってる顔が出てきて華やかなのではありますが・・・、というカンジなのですが、と同時にこの映画にこれだけの豪華なメンツが参加してくれているんだ、と思うと一抹の希望を見出せずにはいられませんでした。
職業柄、戦争時代に兵隊だった利用者と話すことも多いわけですが、とある特攻隊に志願して入った構音障害をもつ○さんはなかなか覚束ない体(のど)で、必死に多くの友達を失った悲しみを訴え、写真集に載った天皇家を「うそつき」と言って叩いてました。
彼は七夕の短冊には一言、「人類恒久の平和」と書いていました。
色々な評価があるとは思いますが、戦争を経験した彼らの世代で、これからについて、もう一度戦争をやりたい、という人には今までに出会ったことがありません。

何はともあれ、最後の1週間、おちごととおべんきょを頑張る。
私はこの最後の1週間、仕事と勉強をやる。
やってこます。
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by kento_ogiwara | 2007-12-25 01:03 | BLOG;その他 | Comments(0)

All That You Cant Leave Behind

今年の5月にパキスタン北西辺境州を旅して帰ってきてからずっと気になっていたペシャワール会への寄付を今日やっとこさした。
ずっと気になってたし、帰国後もいくつかの形でパキスタンの人々、そしてパシュトゥーン人との縁があり、アフガニスタンのことは気になってて、ペシャワール会への寄付は帰国後すぐに考え始めていたのだけど、なぜかなかなか郵便局に足が向かなかった。
何はともあれ、イスラマバードのラヴェンダー・ホテルでお会いしたトクナガさんが自著の中で書いている。
「・・・(略)出切る者が、自分の出切る範囲で、出切る事をする、というスタンスを大切にしたいと思う。それは翻って自分自身のためだと考える。肉体労働、寄付、いずれのボランティアも自己満足の賜物に過ぎない。しかも、難民のためにするのではなく、僅かであれ、自分の心の安定のためにする、と割り切って参加して欲しいものだ。心の豊かさは出した金額やボランティアによるのではなく、誰かのために何かをしたという行為に対して、自分が得られるものではないだろうか。そして難民達は感謝を私達へではなく、この善意を届けてくれた全能の神、アッラーに感謝するだろう。」
なんか、この言葉が全て私の寄付を説明しきってる感じがする。私などが現地へ行っても足手まといだし、まず根性のない私には北西辺境州やアフガニスタンでの過酷な環境はムリ。そんな中でのペシャワール会の活動の地道さは私の想像を絶する。そんな私には寄付が一番だと思っていた。テツさんやペシャワール会の人々は北西辺境州やアフガニスタンでどのようにこのお金を使ったら有効か私の1万倍知っている。
何はともあれ気になってたことを済ませた。
あと夜学で勉強した分をある程度、まあ、現時点で自分的に満足できる範囲での復習が終わった。
あと師匠のモトオカさんに年末の挨拶もした。

その他気になることを片付けてまっさらで歳を明かしたいもんだ。
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by kento_ogiwara | 2007-12-17 23:43 | BLOG;その他 | Comments(2)

SUSHI

オギワラくんはSUSHIが好きである。
今年の秋は戻りガツオが脂が乗っててウマイ、と聞いたのでもう12月だけどサンマとあわせて食っておきたいな、と思い回転寿司へGO!
かくして回転寿司屋でカツオとサンマを頼むも、ない、と。さらにもう一人の板さんが
「カツオとサンマは今年は終わり~っ!」
と高らかに言うではないか。
オギワラくんはがっかりしたが逆に、今年は終わり~、とはっきり宣言されて、なんとも、こう、ある意味、気持ちいいな~、と思った。
やはり魚は季節や!
2月になったら牡蠣食って、あと茨城にやろーどもと行ってアンコウ食うぞ、オー!
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by kento_ogiwara | 2007-12-10 02:08 | BLOG;その他 | Comments(2)

オレって何気にまじミュージシャン?

昨日の土曜日、カミサンなどが所属するゴスペルの市民サークルの発表会があって伴奏を仰せつかったオギワラくんは、お気に入りのスティール弦のアコースティック・ギターを持って御茶ノ水へ行ってきたのである。
伴奏する曲の一つにジョージ・ハリスンの“My Sweet Lord”てな曲があり、その最後の方は16ビートでマイナー7thっぽいファンクになるのであるが、オギワラくんはすかさずキザイア・ジョーンズばりの(←ウソ)カッティングをかましていた。
大いに盛り上がり、曲が終わりなんとなくオギワラくんが手を見ると、なななんと、オギワラくんの右手には真っ赤な血が飛び散っているではないかっ!さらにギターのボディを見ると飛び散った血痕が点々と・・・、そして弦そのものも血で紅に染まっているのである。
そうなのである。スティール弦のアコースティック・ギターをピックを使わずに指で激しく弾いてカッティングしていたら指から血が出てしまったのである。しかもオギワラくんはそれに気がつかず、曲が終わるまで演奏に没頭していたのである。
オギワラくんは思った。
「オレ、まじミュージシャン・・・。」
大出血しながら演奏し続け、しかも曲が終わるまで気がつかないとは・・・。

演奏が終わったあと、その曲でイカしたキーボードを弾いていたヨコヤマさんに血が出たことを言うと、
「その血痕は拭き取らないほうがいい。」
と言うではないか。言われてみればそうである、こんなおいしい武勇伝の証拠を消すテはない。
そんな訳でそのギターの血痕を見たい方、見せてあげましょう。
そしていつの日か、このギターを我が血で紅に染め上げてみせようぞ!
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by kento_ogiwara | 2007-12-02 23:02 | BLOG;音楽について | Comments(0)