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アフリカの風

今日は私の36回目の誕生日。
昨日カミサンと母に焼き鳥で祝ってもらって今日はゴロゴロしています。いい1年になるといいなあ、と思っています。

さて昨日は今年一発目のモトオカさんのレッスン。
最近やたら弾いていた“polka dots and moonbeams”はもうOKということで終了、やれやれ。
“misty”も徐々に良くなっているということでまあOK。今までどおりの練習、アプローチを続けていれば“misty”もよくなっていくだろう、って感じ。
アーマッド・ジャマルをコピーした“moonlight in Vermont”はジャマルのやっていることで、理解しないでやっていたところの答えをもらったので理解した上で自分なりに取り入れるところは取り入れてできればキーも変えてやるということに。何故ならこのままでは、“固まってしまう”から、だと。
危険なのは、“固まってしまう”こと。
実は最近は私、1週間の間に4回ジャムセッションに行ったりしてもいたのですが、当然ジャズ、ジャムセッションの場には“即興性”が求められるわけで、色々なアイデアを固めてからそれを人前で披露するのもいいけど、むしろその場でパッと新しい曲、新しいコードやメロディで未知のところを行くほうがスポンティニアスなジャズの魅力が発揮された演奏になる。湯島にあるカスターという店のキンさんという素晴らしいピアニストも、“その時を、”というような、まさに優れたジャズマンが口を揃える“今を生きる音”について話していた。“Now's The Time”だ。
“固まってしまう”ことはその反対で、今を生きるための即興性や自発性を阻害することにもなる。“固まってしまう”ことで音楽が“生きていない”音になることは避けなければならない。もちろんリサイタルやレコーディングの前に入念な準備、アレンジメントなどをすることは重要だが、音楽がその時生まれて、生きている瞬間を聴く人の前で聴かせられなければリサイタルもレコーディングあまりもいいものにはなりえない。
改めてジャズが流動性の芸術だということを再確認させられるセッション・サーキット及び昨日のモトオカさんレッスンだった。
だから“polka dots and moonbeams”は弾きすぎで固まってきて恐らくモトオカさんにはもうウンザリな音になっていて打ち止めになったんじゃないかな。不思議なもので、少なくとも私がソロ・ピアノでこうやってジャズをやっていて、同じ曲をずっとやっていると、だいたい即興性が失われてきて、アドリブもだいたいパターンが決まってきて、さながら五線譜を弾くかのように固まってきてしまうんだよね。前回の課題曲の“Django”の時も煮詰まって弾いていると、“ああ、作曲になっちゃってる。少し離れておいておこう。”となったことがあるんだけど、そんな時は一旦曲をそうやって“寝かせておく”ことも必要な時もあるんだな、というか、こういう時、こうなってしまった時は“寝かせておいて”もいいんだな、ということもわかってきた。
アーマッド・ジャマルの“moonlight in Vermont”で私がジャマルへのロマンチックな感傷だけで“固めて”しまおう、としていることにモトオカさんが激しく反発して、キーまで変えやり直すように言ったのはジャズの流動性、今を生きる即興性を無下にして欲しくなかったからじゃないかな。

そんなこんななこともあってか、しばらくは私はCDアルバムを作らないことに決めている。
記銘性芸術に偏ってきた私の音楽人生、せっかく今はこうやってレッスン貴重な出会いの中で、いい体験をさせてもらっているんだから、しばらくは流動性の音楽をやっていくだけの基礎体力をつけることに専念したいし。
あと幸か不幸か“Ellington's Mood”完成以降、不思議と曲が思いつかない。吹き込みをしようにも吹き込みたい自作曲がない。なんの迷いもなく録音物製作とは無縁のジャズ・ピアノの練習に専念できるってもんだ。

さて、新しい課題は、パーカショニストのモンゴ・サンタマリア作曲で、ジョン・コルトレーンが常軌を逸した名演を残している“Afro Blue”。
前回のレッスンで課題で出されたアフリカ起源の8分の6拍子における5つのリズムパターン。一応ある程度できるようになっていたのだけど、そこからさらに派生して演ろう、とモトオカさんが持ってきたのがこの“Afro Blue”。何かなあ、今アフリカの風が吹いているのかなあ。
昨日のレッスンで早速二人でメトロノームかけながら連弾したけれど、超楽しかった。しびれた。鳥肌モノだった。
ジャズ好きなら知っていると思うが、“Afro Blue”は8分の6拍子、もっと平たく言ってしまえば3拍子の曲だ。あの、コルトレーンが“my favorite things”などでも採用しているあのビートだ。
鳥肌モノだったのはテンポ170でメトロノームを鳴らし、コルトレーン的3拍子ともいえるあのビートで連弾しているとき、モトオカさんが“次4ビートで行くよ~”と言って4ビートのベースラインを弾き始めた時。最初、ありえない!と思ったが実はこれがアリなんです。4ビートで4拍子で弾いている間、メトロノームはずっと2拍3連で鳴っている。強烈な緊張感、高揚感。一瞬でも気を抜けばロストしてしまいそうだが、はまっている間はあたかも別のペルソナに入ったかのような異次元感を体感できる。
どうしてこういうことが可能なのかは、譜面や音なしに説明するのは難しいので省きますが、前のレッスンからやっていた5つのアフリカ起源のリズムパターンの練習と、私が良くジャムセッションなどで4ビートの曲で仕掛ける3連譜=2拍3連=3拍子的な好みのアプローチ、前回のレッスンで8分の6拍子のリズムパターンを4拍の中でやっていて“アレ?なんか3拍子弾いてるみたい。”と言ってモトオカさんが“いいんだよ、3拍子をコレに感じるのは凄く大切なこと”と言っていたことなど、私はモトオカさんに思わず“なんか点と点が繋がってきたような気がします。”と興奮しながら言った。
そうなのだ。4拍子の中に3拍子があること、3拍子の中に4拍子があること、それをまざまざと理解できたのだ!!!
あとは練習でそこを実際に音を出して自由に行き来できるようにするのみ。

家に帰って焼き鳥で相当飲んだけど、レッスンの後買ってきたモンゴ・サンタマリアのアルバムを聴いたり、ジョン・コルトレーンの“Afro Blue”を聴きながら、4ビートを同時に手拍子で叩いてみたり。結構うまく言ってバードランドのコルトレーンの“Afro Blue”ではしばしばピアノのマッコイ・タイナーが8分の6拍子の中で4拍子を見出してコンピングしていることが多く、思わず“マッコイと気が合うな。”と言ったりしたが、エルヴィン・ジョーンズもジミー・ギャリソンも、そしてもちろんジョン・コルトレーンも一丸となって4拍を絶頂の中で鳴らしているところもあったりで、3拍子の中にある4拍を、そしてそれは同時に4拍子の中にある3拍子を感じることができて楽しいCD鑑賞だった。

レッスン中、永遠の謎についてモトオカさんに訊いた。
“あのー、また頭でっかちな質問なんですけど、3と4は数学的には割り切れないのに、どうしてこうやって割り切れるんですかね?”
“え?3と4って割り切れないの?”とモトオカさん。小学生でも分かることが分からない生粋のジャズ脳。しかしモトオカさん一応応えることには、
“やっぱり1拍目の、ドーンってのがあるからじゃないかなあ。”
うーん、ジャズだね!!!
なんの答えにもなってないようでなってるね。
ジャズ脳・・・。


おまけ、
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昨日の焼き鳥。
ご馳走になったので、普段頼みたくても頼めないものとか頼んだ。いつもはけちりながら食ってるところを昨日はちょっと食いたいなあ、と思ったものは遠慮なく頼んだ。
写真はねぎまと砂肝。
砂肝はいつもは頼まない。興味があって頼んでみた。これがなかなかボリューミーな砂肝でなかなか食いごたえがあった。もちろんコリコリで美味しい。
さすが私のお気に入りの実力店。
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by kento_ogiwara | 2012-01-22 20:54 | BLOG;音楽について | Comments(0)
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