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Shanghai Up-Dates
4月21日

ゴールデン・ウィークの上海行き決定。
昨日一昨日思い立ち、昨日有給をとり、今日航空券を手配した。よ​くある売れ残りパックで4日宿泊込みで6万円。上海は今は東アジ​アの中心だけど、そういう上海にかこつけて都会は避けて近くの蘇​州や水郷集落を訪れて、太古の記憶に想いを馳せるのだ。

5月4日

とりあえず上海から帰ってきています。しかしパソコンがまた壊れ​、メール・チェックとかしないといけないからインターネット・カ​フェに来て今コレ書いています。
上海はよかったですよ。太古の記憶に浸るもくろみは、メーデーを​中心とした連休で大挙して上海および近郊にやってきた現代中国人​たちの圧倒的パワーと数によってもろくも崩れ去りましたが。でも​相変わらずおおらかでいい人が多かったです。フランクで大雑把で​おおらかで自由で。ホント、旅してると中国人はいい人だ、と多く​の人が言うのがうなずけます。

ここは上海からバスで1時間半くらいの蘇州の方にある同里(トンリー)という水郷古鎮。古くからの水郷運河と退思園という江南式庭園で世界遺産にもなっている庭園でも有名なところです。

5月6日
パソコン、直った、というかとりあえず使えるようになりました。
上海の写真とかまたアップしていきますのでまた今度。。。
プロフィール写真は上海の中でも最も中国的と言われている豫園という庭園です。周りも中国的な建物が一杯で、日本で言えば浅草なんていう人もいたけど、エリアのでかさも、人の数も浅草の100倍位でした。
写真は庭園の外の店舗街の様子。

5月7日

上海、ありえねえー!シリーズ。
饅頭にストロー。
なんかみんな食っててうまそうで、露店でカミサンが買ったのだが、中国語は私もカミサンもごくごく少量しかできない。しかしカミサン、気合いで“パオ!”(包)と言って通じさせたらしい。うーむ、身内を褒めるのは美徳ではないが、妻も随分たくましくなったものだ。
でこの包だが、饅頭のなかはもっぱらコクのありちょっと生姜が利いた、それこそ“タン!”(湯)が入っている。むっちゃ熱い。
しかしストローって・・・。
情緒ないし熱いし。まあみんなそうやって食ってるし、しかも旨いからいいんだけどね。
ま、日本ではありえないですなシリーズ、ってことで。

5月17日

上海、うまいもんシリーズ。
いろいろ食ったけど、コレが一番印象深い。もっともいろいろ食ったって言っても、上海のごく普通の生活者たちが食うような安メシ屋でしか食ってないけど。
ズバリ、揚げたカニです。
上海だけど上海蟹ではありません。上海蟹は高くて、高くてびびってそういう店には入れなかったので。上海蟹ではないけど、上海の豫園の界隈で並んでテイクアウトで食べたもの、そしてこの蘇州、同里(トンリー)で食べた揚げた沢蟹のようなものはホントに旨かった!!!
まずでっかい籠の中に生きた5センチ位の蟹がうじゃうじゃいて、それを3匹位串刺しにして、衣付けて揚げただけ。コレが旨い!!!
甲羅もなにも関係なくバキバキ食っちゃう。よく揚がってて甲羅もそんなに固くなく、むしろ香ばしいくらい。
うまかったなあ~!!!!!


まだまだ突っ込みどころ満載なのでまた時間みつけてポチポチUp-Dateしていきます。
乞うご期待。。。







# by kento_ogiwara | 2012-05-21 20:24 | BLOG;その他 | Trackback | Comments(0)
リーフレット
オギワラケント ピアノ・リサイタルのご案内
 

①新緑の季節♪国立で~
日時 2012年5月19日(土)
    開場 18:30   開演 19:00
会場 国立市芸小ホール・スタジオ
   (JR中央線国立駅から徒歩40分;国立駅から谷保行きのバス有、JR南武線谷保駅から徒歩5分)
チャージ 800円

②梅雨の晴れ間に♪つつじヶ丘で~
日時 2012年6月23日(土)
    開場 14:00  開演 14:30
会場 調布市つつじヶ丘児童館ホール
(京王線つつじヶ丘駅から徒歩5分)
チャージ 500円



オギワラケントのプロフィール

音楽好きの両親のすすめもあり、5才でピアノを始める。

11才で一旦レッスンをやめるが、13才の時、姉の影響で洋楽(ロック・ポップス)を聴き始める。当時はMTVが地上波でも見ることができたので、MTVを熱中して見て過ごす。
U2の“Rattle and Hum” を聴いてから完全に音楽にのめりこむようになり、その影響ですぐに自ら作曲を始める。また同じ頃、ジミ・ヘンドリクスに出会いショックを受けて最初のギターを手にする。

高校ではバンドを組み、ジミ・ヘンドリクス、ガンズ・アンド・ローゼズ、セックス・ピストルズ、ニルヴァーナ、メタリカ、レッド・ホット・チリペッパーズなどを演奏し、都内のライヴハウスを中心にライヴを行う。当時のギターの教科書はガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュやスティーヴィー・レイ・ヴォーンなど。またこの頃ピアノのレッスンにも戻り、ピアノでの作曲やインプロヴィゼーションを楽しむようになる。

大学ではジャズ研に入部。ジャズ・ピアノを学び始める。ビバップのイディオムをコピーしたり、ハノンで技術を磨くなどして過ごす。当時よくコピーしていたのは初期のジョン・コルトレーン、ハンク・モブレー、チャーリー・パーカーなど。
ジャズを始めて3年目、ジャズ・ピアニストの元岡一英氏に弟子入りする。元岡氏に言われた、
「確かに音楽には不思議なところもありますが、まず1,2,3,4と数えることが大切だと思います。」
という言葉は大切な言葉になっている。
大学時代はジャズと同時進行でポップ・バンドでギターを弾き、オリジナル曲をバンドのために書いていた。その中でも『三田線に乗って』という曲は音楽系サークルの友人たちの間で人気になり、バンドの代名詞のようになった。

大学卒業後もジャズ・ピアノを中心に音楽活動をしていたが、録音やCD化は一切していなかった。もっとも好きなミュージシャンであるジミ・ヘンドリクスが亡くなった27才になったとき、
「自分は彼がもう死んだ年にきたのに何もやっていない。」
と思い、書き溜めてきていた曲から“kento ogiwara’s memorial album” を製作。続いて
1年半後にシーケンサーやクオンタイズを多用して無機質な質感を追求した“post; out of the blue” 、さらに2006年、全ギター・トラックを自分で弾いた“life” を製作。そして2007年10月、メイン・ボーカルを殆んど自分で録った“Road Music” が完成。2008年にはロー・ティーンの作曲を始めた頃書いたものからそれまでのジャズの集大成的なもの、さらにシーケンサーを使ってカジュアルに仕上げたものまで、60曲に迫る曲数をレコーディングし、2枚組に収めた“kento ogiwara and friends”を完成させる。2011年には師事する元岡一英氏とのジャズのソロ・ピアノ・レッスンからデューク・エリントンに影響を受けて、エリントン作品をフューチャリングした“Ellington's Mood”を製作。これらのオリジナル・アルバムは大学ジャズ研のOB、OGの友人たち、またそこから派生した他大学ジャズ研出身のOB、OGにも協力をいただいた。


~リサイタルに向けて~

前述のとおり、2009年夏からジャズ・ピアニストである元岡一英氏に再び弟子入り、ソロ・ピアノの修得に励む毎日を送っている今日この頃です。
今回はその元岡一英氏とのレッスンも3年近くを経て、初の単独リサイタルとなります。ご来場の皆様と素晴らしい音楽の時間を共有できれば、と思います。
最新オリジナル・アルバムからデューク・エリントンの作品、また恐らく最大の影響を受けているビル・エバンスのレパートリーから、また鬼才セロニアス・モンクも少々、皆様と様々なジャズの魅力を一緒に感じあえるような素敵なリサイタルにしたいと思っています。
ご来場をお待ちしております。



オギワラケント




# by kento_ogiwara | 2012-04-12 23:17 | BLOG;音楽について | Trackback | Comments(0)
ソロ・ピアノ・リサイタルのご案内
告知です。

私、不肖オギワラケント、満を持して、ソロ・ピアノでリサイタルをすることになりました。
モトオカ師匠とのソロ・ピアノのレッスンも始まってから3年近く、そろそろレパートリーも広がってきたし、師匠もリサイタルをやることを勧めてくれていて、まあそんなこんなあんなで、ボチボチやっとくか、と思って2つ程ハコをブッキングしました。

皆さん是非都合がつけばご来場下さい。

以下、

日時・5月19日(土)国立市芸小ホール スタジオ
開場・18時30分
開演・19時00分
チャージ・800円

日時・6月23日(土)
つつじヶ丘児童館ホール
開場・14時00分
開演・14時30分
チャージ・500円

皆様と演奏を通していい時間を共有できたら幸いです。是非お越しください。


追伸、

先日姉が無事女児を出産しました。上にもう二人女児がいるので三姉妹です。
母子ともに健康で良かったです。

生まれてからしばらく生まれてくるのに疲れたのかこんこんと寝ているようです。









# by kento_ogiwara | 2012-04-09 22:06 | BLOG;音楽について | Trackback | Comments(0)
図星なレッスン
日曜日、モトオカ師匠のレッスン。
最近はセッションにも行かず、練習もやりすぎずほどほどに、という感じでこんなんでモトオカ師匠は何を教えてくれるのかな、位の感じで行ったレッスンだった。

ところが、楽器は嘘をつかないね。その時の現状を無条件に露にする。
思いのほか実りの多いレッスンで、ちょっと興奮して帰り道歩きながら言われたことを記憶が鮮明なうちに残しておこうと、自分のアドレスにケータイからメールして書いた。
それくらい図星なこと、自分でもわかってる自分のウィーク・ポイント、及びその解決になる練習法まで実に適切に教えてもらった。

ケータイから自分に宛てたメールは以下、

力が入ってるので抜くこと、その結果前に行ってる、急いでいる、走っている、その結果ジャストでオンになっていても音符が狭く感じる、
だから、少し意識的に抜いてみてリラックスするように、そのリラックスするスイッチは無意識と意識のようなところでそのうち出来るようになるけど今のうちは意識的にリラックスするようにしかける。スイッチするように心掛ける。その結果音符も広く大きくなる、アル・フォスター、ジミー・コブみたいに。その結果弾いてても気持ちよくなるし、音楽を感じれる。楽しく。

 ↑

これって自分でもずっとダメなところだよなあ、そしてまた考えすぎたり、自信のなさからそうなってるんだよなあ、と考えてた。また演奏ってのは聴く人にとって、エキサイトメントを起こさせるものでなければならない、そのためには自分も熱くならないといけない、という昔からの強迫観念があるからリラックスとは対極なトランスしたような演奏をしなきゃならない、みたいに考えがちなんだよなあ、と思った。だから全然余裕なくて弾いてても無我夢中になろうとするばっかりで、よって楽しくもない、という風になりがちなんだよなあ。自分でもわかってて、もっと小説でも読んでるみたいに演奏という作業をできたら、と思ってたところに、この図星の指摘。
ちょっと逸れるけどジャズ研の先輩でもあり現在ラテン・ピアノの第一人者であるサイトウタカヤさんなんてとんでもなくぶっ飛んだ、異次元のような演奏をしてても、弾いてる時はけっこう冷静だ、と言っていた。
さらにモトオカさん、

姿勢も一生懸命になると前屈みになりがちだからもっと姿勢を起こして腕の長さがあることで安心して、指を見ながら、おお、オレの兵隊たち頑張ってるなあ、位の感じで見ている位で、

 ↑

とも。心身ともに音楽との適度な距離感が重要、ってことですな。
ある意味、自分でも思ってた、小説でも読むように、の表現にも通じるところがありますな。わかってるんだけどね。刷り込まれた強迫観念と自信のなさでなかなかうまくいかないんだ。
ただうまくいっている時の気持ち良さ、音楽の立ち上がるところを発見していくような楽しさ、音楽さ、、も知ってるから、そう言う感じでいつも弾けたらいいんだけど。
熱いのだけが音楽じゃないし、自分のレパートリー、音楽の中にも熱いとか異次元とかそういうのでなく、気持ちいいもの、歌えるものもあるから大丈夫なはずなんだ。。それにたぶん世間的に言っても熱いのとか異次元とかだけを求めてはいないと思うから。きっとシーンにも私の居場所はあるから、作れるから、安心していいんだ。

まあとにかく今は少し音楽と心も体の姿勢も意識して離れることが重要だな。

さらにずっと気になってたタッチのことも。
よく自分の録音とか聴いて、なんてダサいんだろう、聴けたもんじゃない、と思ってたんだけど、それは何を弾いてもタッチが悪く、それで何をやってもダサかったのだ。ついにそこにメスが入った。
以下、モトオカさんに言われたこと、

タッチはオンとオフ、しっかりリリースする。スタッカートでのスケール練習をやること。オレの音はだらしなく残っている、解消しよう。今まで取り組んできたタッチの練習、楕円形の動き、アップとダウンの中で気持ち良く弾いていけるポイントのようなところを、まだ私は見つけていない。得られる音に関しては、ぶどうが潰れる感じの音とかあるけど、要は自分が気持ちよく楕円形、アップとダウンしながら、気持ちよく弾ける体の動きを見つけて体に覚えこます、気持ちよく楕円形、アップとダウンしながらクレッシェンド、デクレッシェンド、アクセント出来ればいい、ということ。

  ↑

聴いてて気持ちいいタッチが得られれば、きっと私のピアノは格段に変わるはず。はやくあの野暮ったい私の今の音とはおさらばしたい。

これらのことを習得するのに幾つかの練習法を教わりました。
明日に繋げるために、ここに書き出しておきます。私の練習メニュー。

1、ハノン 1~20番 これは特に日曜のレッスンとは関係ないけど、自分にとって基礎体力のように必要。
2、スケール練習 明日から最近まで16分音符で弾いてた7つのスケールを3連付でかつスタッカートで。
3、左右5本の指をつかってアップとダウンの動きを腕との連動、楕円形の動きで気持ちいいポイントを見つける練習。量より質でやるように、と。
4、ハノン1番でいいのでこれも同じように右手一本で、2倍の音数と交互で。気持ちのいいポイントを見つけて体に覚え込ませる。

これをやる時でさえある程度の距離感で、おお、オレの兵隊頑張ってるな、と眺めるくらいでいいのだと。前かがみになってもいいことはない。

5、Joy Spring(これが日曜までの課題だったのだ。)の最初の8小節を順番に転調していって12keyで弾けるようにする。無論移調に弱い私のための練習。アドリブ、ベースラインも含めて。しかし移調の練習+ベースを2ビートのフィールを感じてこれで12keyで弾けるようになれば相当強い、とのこと。また4ウラと2ウラにボトムを入れるとソロ・ピアノとしては聴いている方にとってはいいのでその練習にもなるように、と。

6、さらに新曲まで!キツい。。。ディジー・ガレスピーの“Fiesta Mojo”という曲。今までラテンの曲をやってなかったので、とのこと。左手で1‐2ウラ-4のベースラインを弾くそうな。

かなりの量でございます・・・。
しかし明日に繋げるため書き出しておきました。。。

おっと忘れてた。個人的にやはり必要な親指をくぐらすハノンの31番~34番もやらなきゃな。

これとさらに個人的にやり続けていきたいのは、再三言っているアフリカ起源の8分の6拍子と4ビートを同時に感じて8分の6拍子から同一尺の4ビートに行ったり、あるいは4ビートから8分の6拍子へと、自由に行き来できるようにしていくこと、いつもこの3拍子と4拍子を同時に感じられるようになっていくこと。そのために相変わらずモンゴ・サンタマリアの“Afro-Blue”をずっと題材に使っているけど、昨日マイルス・デイビスの“Miles Smiles”も買ったので“Footprints”に変えてもいいかな。マイルスのアルバムではトニー・ウィリアムスが手数が多くてブッ速の4つで叩いてることが多かった印象だけど。ロン・カーターのベースの例のパターンが8分の6拍子というか2泊3連と2分音符という感じで。まあもちろんトニー・ウィリアムスは8分の6拍子も大好きだろうし、たまたまあのテイクが8分の6拍子のタップリとした感じよりも4つの疾走感、って感じになっただけじゃないか、と思うけど。

さて、こんなところで。
まあボチボチ練習していきます。

P.S.最近よく料理してます。
これは今日作って食べたカレーライス。

だいたい月曜日にカレーや、シチュー、豚汁などを作ります。
火曜日にはそれがもう一度カレーを今度はチーズのせたりして、シチューはハッシュドビーフ、豚汁はもう一度豚汁+なんかで、水曜日はカレーうどん、煮込みハンバーグ、味噌煮込みうどんなどになります。
週アタマに大量に作って後はそのバリエーションで食う手抜き料理です。
しかし、家に帰ればメシがあるというのは倹約にもいいが気分的にもいいです。










# by kento_ogiwara | 2012-03-26 22:34 | BLOG;音楽について | Trackback | Comments(0)
大阪・斑鳩の里
先週末から月曜に有給をとって大阪と斑鳩の里に行ってきました。

ひととき生活・東京から離れてリフレッシュ?できたような・・・。
まあおかげで今週は気持ちも軽く仕事もしています。

大阪について4日間お世話になりっぱなしになった叔母・従兄妹と会食。
まあ本人たちにも話しましが、私、前日金曜日に焼き鳥屋で独り飲みをやったらこれがどこかでタガが外れ大盛り上がり、一人で4時間以上飲んでしこたま二日酔いだったのですが、この頃には回復しておいしく従兄妹たちや叔母と晩餐できました。

翌日は、これぞ大阪!という市内観光。
まずは新世界のじゃんじゃん横丁で串カツ!!!

ソース二度付け禁止はジョーシキやで。
しかしやっぱり東京の居酒屋なので食うそれとは違って、新世界の串カツはやっぱり旨かった!!!
昼間からビールをあおることであったよ・・・。

新世界は初めて行った時は、歌舞伎町、センター街などなど色々行っても“恐い”と思ったことがない私が、初めて“恐いわ~”と思った日本で最初の場所ですが、と同時に魅力も感じていて、しばらく新世界を散歩しました。
なんか、すごいレトロなピンボール屋に入ったり。

ここ、保護者同伴でも18歳未満は入場不可で、実際キャーっとやってきた子供たちが番代さんみたいな人に追い返されたりしていた。
なんとなく雰囲気だそうと別に吸いたくもないタバコ吸って写真とったのだよ、ハッハッハ。

このとおり、通天閣も見えますね。通天閣は昇ってもよかったんだけど、またしても行列ができていて、まあ並ぶ位ならいいか、ってことで今回も登っていません。なんでいつも行列できてるんだろうな。

心斎橋の方に移動。
特に目的はなかったんだけど、道頓堀の橋から見える夜景とかけっこう好きで、ちょいとセンチメンタル・ジャーニー的に浸ってみようか、といったところで行ってみました。

カニ道楽の前で。グリコの巨大な看板も、くいだおれ太郎の人形もしっかりありましたよ。一通り写真に収めました。

道頓堀でクルーズ船が走っていてびっくりしました。
あと、こうやって大都会の川の上にリバーボートがある光景が、去年行ったアムステルダムを思い出させました。なんかこの写真とかも妙にアムステルダムっぽいなあ、と思います。

昔からある老舗喫茶店ミツヤでジュース(大阪ではジュースと言えばもちろんミックスジュース!)を飲んで道頓堀の橋の上に。ここって例えば阪神ファンが優勝すると、わざわざ阪神電車とかで甲子園からここまで移動して、それから騒いで川に飛び込んだりするわけで。まあそんなこんなで大阪の人にとっては心の拠りどころなんじゃないかなあ。私も大阪、特にミナミとなるとここが好きでセンチメンタルになるにはもってこいなのです。
というわけで・・・、

浸ってきました。

そのままここで従兄妹や叔母たちと待ち合わせして晩御飯のお好み焼きへ。
従兄弟が店とってくれておいしいお好み焼きでした。もはやB級グルメとは言わせないぞ、という位おいしかった。場所は道頓堀の両岸に広がる繁華街から法善寺横丁という路地を入ったところ。道頓堀も川の両岸だけでなく、路地を入ればさらに充実したお店があり、なかなか奥の深いところですよ。

美味しかったねえ~。

翌日は斑鳩の里へ日帰りで。
なんと斑鳩の里の入口となるJR法隆寺駅までは天王寺から25分と、とても近いんですよ。もう殆ど通勤圏内。まあそのせいか、もっと奥にある明日香などよりもずっとひらけていて、住宅も多いのですが。
とりあえず法隆寺観光。12時などになると鐘が鳴り、それはもうけっこうな音で空気全体から頭蓋骨の中まで音が浸透していく感じ。これが子規の聴いた音かあ、と思う。

柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺     
正岡子規

法隆寺は日本最古の木造建築かと思ってたけど、日本はおろか、世界で最古の木造建築らしいですね。まあ木は残りにくいのでこの600年代のものが残ってれば世界最古になるのかも知れませんね。この五重塔もしかり。この寺院でも最も重要なストゥーパ(釈尊の遺骨が収められるとされる)で法隆寺の象徴的ですよね。

法隆寺、思ったより大きくて、広くて、かなり見応えがあったのですが、境内に梅が咲いていたのが嬉しかった。やっぱり寺には桜や紅葉などがあると一層映えますからね。

国宝・百済観音などを収めた宝物殿にも行って面白かったけど、写真撮影は禁止だったので写真はありません。でも奈良時代や平安時代を経て日本風の仏教が定まる以前のこの頃の仏教美術はまた独特で、例えば仏像の顔にしても色々な顔があり、好みの顔、面白い顔を探しているだけでも楽しい仏像鑑賞でした。
パキスタン・ガンダーラ地方や、カンボジア・アンコール・ワットなどでも、色々な顔を仏像たちの中に発見することができてこっちまで顔真似したりして楽しかったのですが、仏教伝来間もないであろうこの頃の日本の仏像も同じような鑑賞の仕方ができます。

法隆寺を出て龍田川の方へ。
私は百人一首が好きで、少年時代はよく暗記したりしていたのですが、よく紅葉が詠まれる舞台のこの龍田川には一度行ってみたかったのです。

千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれないに 水くくるとは
在原業平 

嵐吹く 三室の山の 紅葉ばは 龍田の川の 錦なりけり
能因法師

法隆寺から瓦屋根の非常に古い民家などが並ぶ旧道を歩いて30分ほど、着きました。龍田川。

正直ちょっと拍子抜けもしましたし、住宅や車が多いなあ、とも思いましたが、厳密に地形を見るとやっぱりかつて行った明日香に似てるなあ、とも思います。こんもりとした山。なだらかな土地の勾配。川の大きさetc.
しかしあまりにも紅葉が咲いてるわけでもなく、桜もまだ、単なる川っぺりのただの公園じゃん、という感じで、たぶん私たちは旅行者としてはそうとうケッタイなもんだったと思います。
万葉の空気を求めて歩いていると、

これはリンクです。
業平は龍田川を染めた紅葉が、“からくれない”と歌いましたが、これはもちろん“唐(カラ)紅(くれない)”のこと。ここで“トウ(唐)かえで”に会うのも考古学的瞬間です。
ってなことをこじつけて、今ひとつぱっとしない思いで歩いていると、ほらあった、ここにも梅が。
今回の旅は梅に助けられました。ここ龍田川でも紅葉の季節は祭りをやったりしているようですが、オフ・シーズンはこのように閑散としております。何かこう、華、が欲しいわけだったのですが、桜もまだ。そこにこの梅には助けられました。
万葉の自然と梅のコラボレーションをお楽しみ下さい。


梅の背景は万葉より伝わる龍田川の水面ですよ!
そして5年ほど前、明日香、吉野を訪れたときも見えた芽吹きの色はそこらへん中に始まっていました。さくらがつぼみをつけ始めると木々が非常に淡くですがすみれ色?紫色?に色づくのですが、その芽吹きの色を最後に写真に収めて斑鳩の里を後にしました。

と法隆寺でも龍田川でも梅が花を添えてくれた感じです。
最終日は従兄妹たちに梅田の方までも送ってもらって、一緒にキタのディープな地下街で昼飯を食って、意外にオサレなカフェでコーヒー飲んだりしてゆったり満喫しました。

親切にしてくれた従兄妹たちと叔母ちゃん、本当にありがとう!!!
それにしても大阪弁って、ほんと柔らかくていいですねえ。日頃きつくて冷たい標準語の中で生活してるとホッと安心します。従兄妹や叔母ちゃんが特にゆっくり話す人たちなので。
何はともあれ、ほっと一息つけて疲れた心身を休めることができた大阪滞在でした。
しばらくこの余韻に浸れるだけ浸っていたいなあ、と思っています。

オマケ、

大阪駅は最近リノベートしてこんな超近代的な感じになっています!!!







# by kento_ogiwara | 2012-03-22 23:31 | BLOG;その他 | Trackback | Comments(2)
久しぶりに楽しかったピアノはブルースでした。
このブログを見て下さっている方はご存知だとは思いますが、オギワラ、しばらく不調に陥っていました。

それが!

少し抜けれたような感じがします。

というのも、

ピアノを弾いていて、実に久しぶりに、楽しい、と感じたのです!
ちょっとエキサイトメントを感じて思わずブログです。

今日も入念な基礎練習をやり、メトロノームに合わせて色んな曲をやっていたんです。モトオカさんのレッスンでやってきた曲を。
あんまりやり過ぎると疲れるし、最近はあんまり弾いていると、目が霞んで、視界が白んでくるような朦朧とした状況になってしまうことが多かったのですが、

ひとしきり弾いて、最後に学生時代仲間たちとやっていた“bewitched”を弾いてみたら、これが意外に楽しい。やっぱりあの頃のあの仲間たちとやっていた音楽が楽しいのかな?と嬉しい予感。そうだ、自分にはこういった財産があったじゃないか、というような嬉しい発見。私のあの頃の人生、青春とともにあったジャズ。

さらに続けて、なんとなくメトロノームを切って、ブルースを思いのままに弾いてみた。Fのブルース。ジャズの鉄板、共通語。

サイコーだった。

演奏してて、自分がそれまでしたことのないようなことが出来てしまってたり、溢れるようにメロディややりたいことが湧いてきて、そこにあるのが、“自由”だ、と言っても過言ではないようなあの解放感。
音楽だ。ジャズだ。そこにその時生まれてくる音楽だ。

と同時に自分がそれまで何に縛られていて、がんじがらめで、やってても全然楽しくなくて、まるで朦朧とした意識の中、出来ても大して嬉しくないジグソウパズルを組み合わせるのに没頭するようにピアノを弾いていたのか、わかった気がした。
何に縛られてたのか。
答えは、
曲だ。
メトロノームだ。
八分音符だ。三連符だ。十六分音符だ。6thのドロップ2だ。アッパーストラクチャー・トライアドだ。代理コードだ。
それまで必死に獲得してきたものたちだ。

もともとレイ・ヴォーンやヘンドリクス、スラッシュなどをコピーするギター小僧にとって、ブルースは全ての音楽の基本であって、非常に特殊な、それでいてとてもいいものだ。ジャズでもブルースはあるけど、少しソフィスティケイテッドされてて、チャーリー・パーカーのブルースなんてモノによってはとてもじゃないが、一般的な意味で“ブルージー”と言えるものではない。
まあそれでもジャズのブルースはジャズの世界ではもっともブルースのフィールを発揮できるものなのだ。
だってトニックが7thだもん。
他の曲、スタンダードたちと根本から一線を画している。
10代の頃からなぜブルースやロックはカッコよくて、他の音楽と違うのかの答えは、5度下に行くドミナント7thを大胆にもトニックに持ってきたからであり、これを始めた初期のブルースマンたちは天才であり、そこから従来の西洋音楽とは違う音楽が生まれた、と思っていた。

それがトニックがメイジャー7thのジャズのスタンダードたちに出会って、“一体これでなんで黒人音楽のフィーリングを出せ、って言うんだ?おかしな奴らだ。みんなおかしいことに気がついてないのか?”と大学でジャズ研に入ったころ思ってた。そこらへんの違和感も私が最初なかなかジャズに馴染めなかった大きな要因の一つだと思う。

ずっとブルースが好きで、演奏したがってきたけど、なぜかセッションの場でさえブルースは敬遠されることが多くて、セッションでブルースやるのはあまりナニな風潮がどこででもあるんだけど(何でだ?つまらないⅡ‐Ⅴの連続のさながら演歌のようなワンパターンな歌ものスタンダードの方がいいってのか?)、セッションの場でブルースをめぐることで一つ印象的なことがあった。

先月の阿佐ヶ谷マンハッタンのセッションで、プロのピアニストのあっきちゃんが出番になって、
“私、自由になりたい!・・・、自由って何?”
とか言って、まあそういう哲学的なハナシは置いておいて、曲を何にするか決めなくちゃいけない、ってなことになって、あっきちゃんは、
“moment's notice”
って言ったんだな。
そしたらベースのヤマザキさんが、呆れた様子で、
“それで自由になれるの?”
と言った。“moment's notice”はジョン・コルトレーンの曲で、もの凄いカッコよくて気持ちいいけど、凄まじい難しさで、この曲を吹き込んだレジェンドたちも相当困ったシロモノなんだな。
あっきちゃんの気持ちもなんかわかるよ。気持ちいい曲だし、曲が自分を導いてくれる、そんな曲だ(技量があれば。因みに私にはない。)。
散々迷った挙句、あっきちゃんは、
“じゃあブルースで。”
って言ったんだな。そしたらそこにいたモトオカ師匠が、
“はい正解です。”
って言ったんだ。

いいじゃん、“moment's notice”やれば、これだから日本のジャズの世界ってやだよな、っていう気持ちもないわけじゃない。でも純粋に“自由”を求めたとき、そうなんだと思う。

さっき、自分がいままでモトオカ師匠との尊い関係の中で獲得してきた6thのドロップ2やアッパーストラクチャー・トライアド、代理コードを一見否定するようなことを書いたけど、否定してるわけじゃないんだ。ただ、最近巧くなりたい、とかそういう気持ちが強すぎて、そのためにそういう技術を、“使わなきゃ”と思ってやってきてたんだよね。もちろん使いたかったら使えばいいんだけど、使わないといけない、となるとそれは縛りでしかない様相を帯びてくる。最初の頃モトオカ師匠も、“別に使わなきゃいけない、って訳じゃない。使えます。使ってもいい、ということです。”って言ってたのに、私バカよね・・・。

何をしなければいけない、三連付を弾かなければいけない、とか、ある意味この間私の愚痴の中で当たっていることで、音楽に対して受身になりすぎてると、なかなか自分の姿も見えなくなってきてしまう。あくまで自分の音楽は自分のもの、自分が出さなきゃなにも音楽も出てこないんだ。自分の存在を見失っちゃダメなんだ。自分が歌わなきゃいけないんだ。

前々回位のレッスンでモトオカ師匠が、もう3連付とか16分音符とかそういうことじゃなくて、もう歌っちゃうこと、とあまりとらわれないで歌うことの重要性を必死に説いていたけれど、そういうことなんだろうな。私が3連付を弾かなきゃならない、とか16分音符を弾かなきゃならない、とかそういうことにばかり必死になり過ぎてる、ってことを、いわば自分自身受け身になってしまって歌えなくなってることを、モトオカ師匠はもうあの頃から気がついていたのかもな。気持ち良く歌う、ってことが大切なこと、ってこと。

そこでメトロノームさえ切って、テーマも適当にブルース弾いたんだ。
重要なのは、、、

楽しかったんだ!!!

コレって素晴らしいことじゃないか!

気持ちが解放されて、何にも縛られず、いや、縛られないどころか、何も考えず(←コレって凄く大きい)、ただ湧き上がるものをそのまま音にしていったんだ。これって素晴らしいことじゃないか?これがジャズってことなんじゃないか?
体に染み付いてるコード進行、トニックに7thを用いてくることからくる7thだらけの究極の自由度、本当に色んなことができるし、何をやってもいいんだ。それが湧いてきて、それに身を委ねるようにしてそのまま歌っていればいい、そのまま気持ちよがっていればいい、これこそが私やあっきちゃんも考えてきた“自由”の答えなんじゃないか?

とにかく2ヶ月ぶり位にピアノを弾いて純粋に楽しくて、本当に嬉しいんだ。
よかったなあ、オギワラくん、いたのかあー、
よかったなあ、キミにも湧いてくるものがあったじゃないか、
よかったなあ、キミにもジャズが青春だったころを思い出したじゃないか、
よかったなあ、オギワラくん、キミもジャズ・ピアニスト、と呼べる時があるってことじゃないか、
自分の存在を確かに感じることができてうれしいぞ、オギワラくん!!!
いたのかあ、オギワラくん!良かったぞー、キミを見つけることができて!!!

モトオカ師匠やあっきちゃんもいた阿佐ヶ谷マンハッタンでのことは過去の記事、
“毎年のようにある新年の挙動不審”
です。





















# by kento_ogiwara | 2012-03-08 21:09 | BLOG;音楽について | Trackback | Comments(0)
JAZZMANの言うこと
おとといの日曜日、モトオカさんのレッスン。

私は疲れ果てていて、色々愚痴を言っていた。
最近のセッション・サーキットで嫌と言うほど自分より巧いピアニストたちを見てきて、自分の録音を聴いて病的なまでに疲弊して、もうすっからかん。ボーカリストの歌いたい曲の伴奏、好きでもない曲、知らない曲、そんなものたちをごまんと演奏して、なんでこんなことやってんだろう、とも思うさ。

そんな中、言われて嬉しい言葉が、“個性的”なのだ、と師匠に言うわけさ。
とそこに師匠の意外な言葉、“うーん、でも個性的って微妙な言葉じゃないですか?玉三郎も癖と個性は違うって言ってる。”と。そして癖もそこからさらに自分の歌にしていかなきゃならないのだと。

ちょっと待てよ、個性的、って部分を否定したら、私たちが音楽をやる意味ってあんのか?実際自分より巧い人はごまんといるわけで、東京のアマチュア・セッション・サーキットでもそうなわけで、そんなことは前提、だからこそ自分だけの個性を持ってないと、ジャズの中に、あるいはシーンの中に自分を見つけられないのではないのか?オスカー・ピーターソンが死んだ時、オゾネマコトが言ってたのは、“彼より巧い人は沢山いる、でも彼のピアノは人々を幸福にすることができた。”だぞ?ピーターソンでさえそう言われるんだ。アマチュア・セッション・サーキットももちろん、ピーターソンたちのようなレジェンドたちの間でだってうまさには果てがないんだ。そんな中で自分を見つけていくのためにうまさに頼ってるのは馬鹿げてるんだ、そう思わないかい?
実際、だから自分の存在を見つけてくれる“個性的”という言葉が嬉しいんだ。

そりゃ、ある程度作り込んだ曲をセッションでバッとやれば、プロにも“お見事!”と言われたり、yeahの言葉も頂戴すれば店にも雇われそうになったりもするさ。まあある程度の“うまさ”を担保できるくらいの力量はこの3年余りのレッスンで得てきた。ただそこでも自分の居場所をジャズの中に、あるいはシーンの中に見つけるのは大変なことなんだ。自分がそこにいるのかいないのかすら確かでない、そんな大変な世界なんだ。

モトオカ師匠の言ってることはごくごく当たり前のことさ。
つまりこうだ。
“個性も前提として知識とか、タッチとか、移調のうまさとか、リズム感や技術など、ある程度土台に巧さがないと個性も生まれてこない。ある程度の力量があって、その上で帯びてくるのが個性。ある程度弾けるようにならないと個性や自分の色が出てくるまでにはならない。”
ってことだ。
ジャズを始めた学生の頃、数年経ってある程度弾けるようになった時、とある現在も活躍しているミュージシャンであるフルーティストに、当時、
“ケントくんのピアノには色がある。緋色って感じ。でもまだ色が出てこない人もいる。”
と言われた。そりゃそうだ。まだジャズ、ってゆーか音楽になってるかなってないか、の瀬戸際のビギナーだった学生時代だ。中には何を弾いても音楽になってくれない人もいただろうし、自分だってようやくジャズ、てゆーかなにかしら音楽っぽいものをピアノで弾くことを覚え出したころだ。
でもそれが、数年後、さらにプロのレッスンを通してさらに高いレベルで同じことが要求されてるんだ。

まあ言ってしまえば、モトオカさんの見解では、私の今のピアノなど、個性を語るにはちゃんちゃらおかしいほど、前提としてのジャズの力量がない、ってことだ。個性を出すために前提として必要となってくる様々なことをまだまだこれから獲得していかなければならない、ってことだ。個性云々はその後のこと。

つらいよ。ショージキ。

自分のウタでもない音楽をなんで獲得していかなきゃいけないんだ。他人の曲を、他人の選曲を、そういったことができるようになるために、どうして苦労して大変な練習をしていかなくちゃいけないんだ?膨大な時間と燃料を割いて。

そんな気持ちがジャズマンでも少しわかるのかな?
生粋のロックエイジ上がりの元ギター小僧の私の考えてることが、生粋のジャズマンであるモトオカ師匠にもわかったのかな?ジャズマンはこう言ったんだ。
“練習が楽しくなればいい、やりたくない練習は十分の一位でいいから好きな練習をやってもいい。”
さらに普段はあまり饒舌でないジャズマンがこうも言ったんだ。
高らかに。
“曲を受け持つ、そしてそれを自分なりの言葉にして返してやる、それが音楽になる、音楽になってくれる、それがJAZZ、JAZZの素晴らしいところ。”
“クラシックはそこが難しい、巧くないといけないから。”

レッスン中にジャズマンにJAZZの素晴らしさについて話させてしまいましたよ、何やってんだ、オレ?
でもジャズマンはそういう風にJAZZを感じてるんだなあ。。。

まあさ、とことん卑屈になって言わせてもらえば、モトオカさんには、まさに曲を受け持つ、そしてそれを自分なりの言葉にして返してやる、ことができるんだよな。そしてオレはそれができない、・・・は言い過ぎにしても極端に下手なんだ。もう卑屈になって、そんなことは器用で巧くて、そういう職人肌の人がやればいいじゃないか?巧い人ならごまんといる。そういう人たちが勝手にやってればいい。
そんなことを言いながら、私はバド・パウエルの“dusk in Sandi”を弾いて、言ってやった。
“だってソロ・ピアノのレッスンですよ?こんなことができるのもソロ・ピアノだから。自由になっていいはずじゃないですか?”

まあ、そういうオレはシーンから遠ざかっていくんだけどね。
それは一人になることを意味する。
一人になったら、あるいはもっと自分の存在を確かめるのが難しくなるのかな?

うまくなってもこの気持ちは一生変わらないんだろうな、恐らく。ピーターソンでもそうだったように、うまさに果てはなく、チックがゴンサロに一瞬で抜かれる。うまくなっても、自分が出していくものが、あるいは受け持って返していくものが、音楽になるのか、あるいはその夜のセッションで音楽になるのか、音楽として成立するのか。実を言うとモトオカさん自身もその不安を今でも抱えている。毎日。毎日が不安なのだ、とモトオカさんは言う。

コレがJAZZなのか?
ショージキしんどい。
みんなはどう思ってるのか、みんなの意見が聞いてみたい。

とはいえ音楽が好きなのは変わらない。
ちょっとYOUTUBEを貼ってみたい。
私がローティーンの頃初めて好きになった“音楽”。イギリスのシェフィールドの友人たちが組んで、その後何
百枚ものCDを売りまくったDEF LEPPARD。私の音楽との出会い。
Photograph
という曲です。
これは私が人生で最初に好きになった曲である彼らの“Armagedon it”よりも数年前の曲。その後死んでしまったギターのスティーヴ・クラークも生きているし、ドラムスのリック・アレンも事故で片腕を失う前で、その後も彼らを襲った様々な不幸で最近の彼らはとても大人じみた音楽をやっているけど、これは全てが起こる前。みんな若くて、溌剌として、まさに青春の音楽。人生でそうそう起こるわけじゃない、“きらめき”がここにはある。残念ながらこのブログに埋め込みはできないみたいだけど、是非このリンクを開いて観てみて下さい。
一体誰がこの音楽を、この彼らを否定できようか?

私もこういう青春のきらめきのような音楽をやるには少しだけ歳をとってしまった。
このビデオを見るたびにくすぐったいような気持ちよさを感じるんだけど、これ、見てのとおり、ジャズじゃないんだな。
この素晴らしいビデオを見て、強いてジャズの良さを私が小さな声で言うのなら、演奏するたびに毎回好きなように変えていい、飽きた曲はやらないでいい(スターは飽きてても客の求めに応じて毎日のように同じ曲をやらなければならない。コレってけっこう苦痛だと思う。)。

もう、迷い人の妄言にはキリがないね。
私も始まりがDef Leppardだったり、U2だったり、ジミ・ヘンドリクスだったりするし、その他好きだった全ての音楽に影響を受けて、自分で曲を書いたり、それを演奏したり、それを録音したりするけど、そうしてる時のエキサイトメントと、ジャズをやってる時のエキサイトメントには雲泥ほどの開きがあるんだよね。
モトオカさんは、“その間が埋まっていけばいい。”というし、まずもって今でもそうやってオリジナルをやってる時に私の中に生まれてくるきらめき、そしてそれに身を委ねている時の気持ち良さがあることを言うと、
“なんかそういうのがあるからいい。”
のだ、とモトオカさんは言う。

もうJAZZとかORIGINALとかROCKとかPIANOとかGUITARとか、何がなんだかわからないんだ。
ただ最近疲れちまってね。
自分の録音を聴くのに疲れたっぽいから、それには注意するようにモトオカさんも言ってた。モトオカさんも自分の録音聴くのもの凄く疲れるみたいで。時とコンディションを考えて自分の録音は聴いた方がいいらしい。

なんか色々書いちゃったけど、オレ、大丈夫だよね?
みんなが見たら、なんか凄く狭いところで苦しんでるな、とか思うのかな?
みんなの意見が聴いてみたいよ。
とにかくこれが最近の私。

最後にもういっかい、私が生まれて一番最初に好きになった音楽、Def Leppardの“Armagedon it”を貼っておきます。ここから全てが始まったんです。映像も今見ると懐かしい。観客の女たちとか、まさに80年代後半のあの空気だよね。私は中学生だったかな。ここが私のいたところ。



この時にはリック・アレンも事故の後だけど片腕で元気にドラムス叩いてる。片腕なくなってもクビにしなかったバンドって好きだな、とか当時幼心に思ったな。

















# by kento_ogiwara | 2012-02-28 21:21 | BLOG;音楽について | Trackback | Comments(0)
holiday
今日はたまった疲れを取るべく、有給休暇をとってしっかり体を休めた。
床屋に行って髪を切ったり、晩飯にパスタを茹でたり、昼は笑っていいともを見たり、そういうごくありふれた休日だ。

床屋で週間誌を読みながら、中村うさぎさんのコラムを読んでいて、少し印象に残った言葉があってメモをして持って帰った。うさぎさん曰く、

人間は一生、居場所を求めて放浪する生き物なのだ。
若者よ、もっとさすらえ。

とのこと。居場所とは自分のことを100%受け容れてくれるところとのこと。
もちろんそんな場所はないさ。そんなことうさぎさんももちろんわかってる。それでも居場所を求めてさすらい続けるのが人間なのかな。若者にもメッセージしてるけど、うさぎさん自身、“さすらいの女王”だもんね。

ともかく後は昼寝してピアノの練習して、調子がよかったから録音もして自分のジャズ・ピアノを聴いてみた。そんでまた絶望の底に叩き落とされて、自分の存在を確かめたくてさらにエレピを弾いていたら曲ができた。通勤の帰りの家路で、分倍河原駅で撮ってた夕暮れの写真を背景にYouTubeにしてみたのでよかったら見てみて下さい。
うさぎさんのこともあって、居場所、すなわち“home”というタイトルも思いついたが、この国では“home”とか言うと、家族のいるところ、とか、おうち、とかそういう意味に誤解されてしまいそうだし、それはうさぎさんの言う“居場所”とは必ずしも、というか全く一致するものではないので、無難に今日有給だったから“holiday”というタイトルにしました。聴いてみて~。




P.S.最後に映ってる写真の遠くに見える三角の山は富士山なんですよ~。






# by kento_ogiwara | 2012-02-20 23:00 | BLOG;音楽について | Trackback | Comments(0)
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